「ワイオミングの惨劇」

覆面作家トレヴェニアンの「バスク、真夏の死」(1983年)以来の新作。アメリカでは1998年に出版されたそうだが、翻訳が遅かったのはそれなりの出来であるためか。確かに絶賛される小説ではないけれど、主人公や悪役の造型に独自のものがあって面白く読めた。

州に昇格したばかりのワイオミングのさびれた鉱山町“20マイル”が舞台(原題は「20マイルの事件」Incident at Twenty-Mile)。古い大きなショットガンを持った男マシューがこの鉱山町にふらりと現れる。どこか正体不明のところがあるマシューは住人からの雇われ仕事をする何でも屋として住み着く。そこへ刑務所を脱獄した凶悪な3人組が来る。3人組は町にある銃をすべて取り上げ、暴虐の限りを尽くすようになる。

トレヴェニアンはこの基本プロットに住民のキャラクターを描き込むことで、読み応えのある小説に仕上げた。主人公マシューは自分に危機が及ぶと、“もうひとつの場所”に逃げ込む。これは虐待を受けた子供が現実から逃避するために行うとよく説明されるもので、多重人格の原因にもなるものだ。このマシューと3人組のリーダーであるリーダーは過去の虐待という点で共通点を持つ。この2人が対決するクライマックスは意外にあっさり片が付き、その後に長いエピローグがある。

トレヴェニアンの狙いが邦題の“惨劇”にあるわけではないことは明らか。西部劇仕立てながら西部劇ではなく、ラース・フォン・トリアー「ドッグヴィル」に共通するものがある。巻末の解説にはトレヴェニアンのデビューから現在までが書いてあって詳しい。