「シャドウ・ダイバー」

「シャドウ・ダイバー」

「シャドウ・ダイバー」

1991年にアメリカのニュージャージー州沖合の海底で見つかったUボートの正体を追求するダイバーたちを描いた圧倒的に面白いノンフィクション。「深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たち」という長いサブタイトルが付く。著者のロバート・カーソンは死と隣り合わせのディープ・レック・ダイビング(深海の沈没船ダイビング)を行うダイバーの行動と人柄、心情を詳細に描き、併せてUボートの若い乗組員たちの儚い運命を描き出す。これが一体となって胸に迫る読み物となった。優れたノンフィクションは膨大な取材なくしては生まれない。それを実感する優れた仕事だと思う。まるでドラマのような実話なのである。ピーター・ウィアーが映画化するそうだが、スリリングかつドラマティックな展開は映画に最適の題材だろう。

水深60メートル以上のダイビングはなぜ危険なのか。窒素酔いと減圧症の危険が避けられないからだ。著者は第2章「視界ゼロ」でレック・ダイビングの恐ろしさを徹底的に語る。

三気圧となる水深20メートルで、蓄積した窒素により、大半のダイバーに麻酔作用が現われはじめる。これが窒素酔いだ。窒素酔いは、酒に酩酊した状態に似ているという意見があれば、麻酔からさめるときに似ているとか、エーテルか一酸化窒素(笑気)を吸ったときのぼんやりした状態みたいだという意見もある。

水深60メートル以上になると、窒素酔いによって、恐怖、喜び、悲しみ、興奮、失望などの感情をいつものようにうまく処理できない。…深い海底の沈没船といった、たったひとつの不注意が死につながる状況では、判断力や感情や運動能力の欠漏が、あらゆることを悪化させる。

調査の過程で3人のダイバーが死ぬ。1人は深海のブラックアウトで、2人は恐らく窒素酔いによって正常な判断ができなくなり、急激な浮上によって引き起こされた減圧症で。こうした危険なレック・ダイビングを行うダイバーは全米に200-300人しかいないそうだ。本書の中心となるジョン・チャタトンとリッチー・コーラーは中でも優秀なレック・ダイバーだ。チャタトンの人柄はクライマックス、<U-Who>と名付けた正体不明のUボートの中で、爆発するかもしれない加圧酸素タンクを動かすためにハンマーを振るう場面で明確に分かる。

いまここを去れば、身体はひとつにつながったまま出られる。
彼は前に進んで、足場をさぐった。
ものごとが簡単に運ぶうちは、ひとは自分のことをほんとうにはわからない。
チャタトンは両手を広げて、なめらかな長い取っ手を握った。
もっともつらく苦しいときにどう行動するかで、そのひとの本性が分かる。
彼は、ハンマーを胸元に持ち上げた。
世の中のだれにでもそういう瞬間がくるとはかぎらない。
彼は、これまで以上に深く呼吸をした。
<U-Who>がおれの試練のときだ。
そして、酸素タンクのふたをねらって、大ハンマーの頭部を突きだした。
いま、おれがなにをするかで、おれという人間が決まる……。

大戦初期に華々しい成果を上げたUボートはアメリカによって対策を施された後、「鉄の棺」と呼ばれるようになる。乗組員たちの生存率が50%以下に落ちたからだ。当初は精鋭が乗ったが、後期は10代から20代の若者たちが乗り組み、次々に撃沈されて命を落とした。チャタトンらの調査によって<U-Who>はU-869という艦名であることが分かるが、その乗組員たちを描く第12章が秀逸だ。艦長のノイエルブルクは26歳。中には十代の乗組員もいた。彼らは戻らぬ覚悟をしてUボートに乗り組むことになる。著者は乗組員とその遺族の姿を穏やかな筆致で描いている。

チャタトンたちの調査がなければ、乗組員たちはどこで死んだかも分からないままになっていただろう。U-869の乗組員で、体調を崩して乗艦を免れたヘルベルト・グシェウスキーがドイツまで訪ねてきたリッチー・コーラーの去り際に言う。

彼が車のキーを手にしたとき、グシェウスキーが玄関のドアをあけて、寒い中を歩いてきた。上着は着ていなかった。彼は近づいてきて、コーラ-を両腕で包み込んだ。
「気にかけてくれてありがとう」グシェウスキーは言った。「わざわざ来てくれてありがとう」

U-869についてはアメリカのテレビ局PBSが「ヒトラーの忘れられた潜水艦」(Hitler’s Lost Sub)というノンフィクションを製作している(NOVA Online | Hitler’s Lost Sub)。DVDも発売されているが、日本語版はないようだ。YouTubeには調査過程を取り上げた動画がアップされており、ジョン・チャタトンとリッチー・コーラーの姿を見ることができる。

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「シャドウ・ダイバー」」への2件のフィードバック

  1. 45

    どうやらすごく緊迫したシーンが展開されているのはわかるのですが、意味が全然わからないので、馬の耳に念仏とはこのことですね。

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