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「独白するユニバーサル横メルカトル」

平山夢明の悪夢と狂気の異様な短編集。8編が収録されている。「このミステリーがすごい」で1位となり、収録してある同名の短編は日本推理作家協会賞を受賞している。最初の「C10H14N2(ニコチン)と少年 乞食と老婆」で軽いジャブ。続く「Ω(オメガ)の聖餐」でノックアウトされた。その後は普通のミステリっぽいSF、あるいはSFっぽいミステリが続くが、最後の「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」で再びノックアウトされる。平山夢明はもの凄い話を書く作家だなと思う。

即物的で凄惨な描写がそれだけに終わっていないのは狂人の論理が伴っているからで、そこが(未見だが)「ホステル」のような残酷描写だけの映画とは異なる点なのだろう。全盛期のクライブ・バーカーに似た感触もあるが、描写中心だったバーカーよりは作りがしっかりしていると感じるのはそういう部分があるからだ。こういう話を書く作家は日本にはあまりいない。そこを評価すべきか。だいたい、残酷描写をセーブしてしまうものなのだ。

「無垢の祈り」「オペラントの肖像」「卵男」は読んでいて「おお、SFだ」と思った。表題作はサイコな殺人鬼をメルカトル図法の地図の独白で描く。これもSF的な手法と言える。SF方面での平山夢明の評価はどうなのだろう? 「このミス」1位では一般的なSFファンは手に取らないのかもしれないな。

「すまじき熱帯」は「地獄の黙示録」(あるいはウィリアム・コンラッド「闇の奥」)のようなシチュエーションであり、「怪物のような…」の目をえぐり取られた助手の描写などは「フランケンシュタイン」のイゴールを思わせる。平山夢明はたぶん映画ファンではないか。と思ったら、ホラー映画の監督もしているようだ。

表題作について推理作家協会賞の選考委員の選評で法月綸太郎は「地図の一人称という奇手を用いながら、執事風の語り口が絶妙の効果を上げている。トリッキーな仕掛けはないけれど、ディテールがいちいち気が利いているので、風変わりなクライム・ストーリーとして愛すべき作品だと思う」と書いている。

「輝く断片」

「輝く断片」

「輝く断片」

休みだが、風邪で体がだるいので、映画には行かず、昨日届いた「輝く断片」(シオドア・スタージョン)を読む。8編が収録されており、最初の2編は昨日、寝る前に読んだ。最初の「取り替え子」は遺産相続に赤ん坊が必要だった若い夫婦が川で赤ん坊を拾う話。その赤ん坊は取り替え子(赤ん坊と入れ替わった妖精)で大人のような口をきく。この描写を読んで、「ロジャー・ラビット」に出てきた赤ん坊ベイビー・ハーマンを思い出した。ああいう乱暴な口をきくのである。気楽に読めたのはこれと次の「ミドリザルとの情事」までで、あとは(特に後半の4編は)切なく重い話である。

最後に収録された表題作は世間から用なしと思われている50代の男が通りで瀕死の重傷を負った女を見つけ、アパートに連れ帰って懸命に看病をする話。傷口の描写が細かいので、もしかしてこれはネクロフィリア(死体愛好症)の男の話かと思えてくるが、やがて女は意識が戻る。男にとっては女の世話をすることが生き甲斐になる。生来の醜い容貌で親からも見捨てられ、軍にも入れてもらえず、同僚からもバカにされる男にとってこの女は人生の輝く断片(Bright Segment)なのだ。自分が必要とされている存在であることを自覚できるからだ。「シン・シティ」のマーヴ(ミッキー・ローク)を思わせる主人公はマーヴ以上にあまりにも空虚な人生を送っており、その絶望的な孤独感が悲しい。

社会に不適格な主人公という設定は「ルウェリンの犯罪」「マエストロを殺せ」「ニュースの時間です」にも共通する。「マエストロを殺せ」の主人公も醜い容貌という設定である。こうした主人公の設定には不遇の時代が長かったというスタージョンの人生が反映されているのかもしれない。帯に「シオドア・スタージョン ミステリ名作選」とあり、「このミス」の4位にも入ったが、この短編集をミステリとして読む人は少ないのではないか。

大森望の解説を読むと、「輝く断片」はミステリマガジンの1989年8月号(400号記念特大号)にリバイバル掲載されたとある。僕はこの号を買っているはず。普段は雑誌掲載の短編を読まないとはいっても、記念特大号には名作・傑作が収録されているのでいくつかは読む。それでも読んでいないということは当時は食指が動かなかったのか。ちなみにミステリマガジンは2月号がちょうど600号。記念特大号の特集は3月号で2005年ミステリ総決算と合わせてやるらしい。

「クライム・マシン」

「クライム・マシン」

「クライム・マシン」

「このミス」1位、文春2位に入ったジャック・リッチーの短編集。冒頭に収められた表題作は殺し屋の男の前にタイムマシンを発明したという男が現れ、殺人現場を見たと脅迫される話。1件だけならともかく3件の殺人現場について詳細に話すので、殺し屋は男の言葉を信用するようになる。そして25万ドルでタイムマシンを買い取ることにする。SFではないので、ちゃんと合理的な説明があり、ひねったストーリーが面白い。

本書には17編の短編およびショートショートが収録されている。特に前半に収められた「ルーレット必勝法」「歳はいくつだ」「日当22セント」はどれも巧みなストーリーテリングが光る傑作だと思う。個人的に面白かったのはショートショートの「殺人哲学者」で、最後のオチが秀逸。ショートショートのお手本みたいな話である。

巻末に収められた解説によれば、ジャック・リッチーは生前に350の短編を書いたが、アメリカでも生前に本にまとめられたのは1冊だけ。その1冊は映画「おかしな求婚」(1971年、エレイン・メイ監督)の原作となった短編を含む作品集で、映画公開に併せて編まれたものという。雑誌に掲載された短編を僕はあまり読まないが、こうした都会的なセンスにあふれたうまい短編集は時々読みたくなる。シオドア・スタージョン「輝く断片」も注文しようか。

「バースデイ」

「リング」シリーズに関しては、小説の3部作こそ読んでいるものの、映画とテレビに関してはほとんどまともに見たことがない。テレビドラマはもともと見る習慣がないし、映画は昨年前半までは映画館にあまり行かない時期(?)だった。それ以上に僕は小説の「リング」シリーズをあまり評価していない。SFファンの眼で見ると、「ちょっと違うなあ」という気がするのだ。どこをどうと聞かれると困るが、細かい部分に違和感がつきまとう。だから昨年、「リング」をフィーチャーした中短編集「バースデイ」が出ても、「そこまでつき合う気はないよ」と読む気にならなかった。しかし映画「リング0 バースデイ」は面白かった。原作と比較したくなって文庫本を読んでみた。

「リング0」の原作は3編収められた「バースデイ」の中では最も長い「レモンハート」。現在47歳の遠山の回想で劇団在籍時の山村貞子が描かれる。音響効果担当の遠山は同期入団の研究生貞子に恋心を抱く。貞子は19歳。少女らしさと大人の色気を併せ持つ不思議な美人である。遠山の思いは貞子に伝わり、遠山は相思相愛になったと信じるが、貞子は言い寄ってくる演出家の重森も邪険には扱わず、遠山には貞子の真意がつかめない。ある日、音効室の中で遠山と貞子は愛を確かめ合う。その時の様子はなぜかカセットテープに録音されていた。それを遠山の同期生がスピーカーで流してしまう。そのテープは4人が聴いており、そのうちの一人、重森は次の日に死亡。残りの3人も現在までに次々に死んでいることが分かる。そして遠山自身、体の不調を感じるようになる。

要約すれば、これは幽霊になる前も山村貞子は山村貞子だった、というだけの話である。「リング」のビデオテープがここでは(まだ一般に普及していないから)カセットテープとなる。遠山と愛を確かめ合う前に、貞子はカセットデッキを指さして次のように言う。

「オープンテープよりずいぶんと小さくなって、録音も簡単そう」
「ああ実に便利だ」
「映像もそうなるのかしら。映画館にある映写フィルムじゃなく、カセットテープぐらいの小さな媒体に、いろいろな映像が記録できるようになるのかしら」

貞子はここで既にリングウイルスの繁殖を意図しているかのようだ。映画の貞子は違う。幽霊が見えてしまう貞子は劇団に所属しながら病院に通っている。主演女優の怪死など貞子の周囲では不思議な出来事が次々に起こる。貞子が意図したものではなく、これは貞子のすぐそばにいる邪悪な誰かが行っていることなのだ。貞子は超能力者ではあるけれども、その力はまだ発揮されていない。貞子が自分の力に目覚めたときには、事態はとんでもない方向に向かっているのである。世間から理解されない超能力者の悲劇。脚本の高橋洋は貞子を「キャリー」のように描くことを考えたという。原作とストーリーは全く異なり、これは脚色というよりほとんどオリジナル脚本と言っていいだろう。原作から借りているのは設定だけなのである。

原作を読んで改めて映画の良さが分かった。映画評にも書いたように、邪悪な存在=双子の妹、というアイデアは他の作品にも例があるけれど、まともに姿を見せないこの妹の描き方が極めて怖い。薬漬けにされて成長を止められたことがどんなにひねくれた存在を生み出すか想像に難くないのである。そして貞子の運命。養父から井戸に落とされた貞子は超能力者であるがために死ぬこともできず、30年近くも生き延びる。世間に対する怨念がこの間にどれほど増大するか、これまた容易に想像できる。人間が行った残酷な仕打ちが怪異となって返ってくる。「リング0」から読みとれるのはこうしたことではないか。遅すぎる認識だが、高橋洋と監督・鶴田法男の作品には今後注目していきたいと思う。