MWA最優秀長編賞受賞作。5年ぶりに故郷に帰ってきた主人公が車を傷つけられたことで、3人の男と殴り合う場面から一気に引き込まれた。なぜこんなに引きつけられるのかと考えながら読む。著者のジョン・ハートは簡潔な文体と深い人間描写で物語を語っていく。この優れた文体と描写の力が引き込まれる主な要因だろう。読み終わって、ため息をつきたくなるような深い満足感が残った。同じプロットを他の作家が書いたにしても、これほどの小説になったかどうか。
読みながら思ったのはロス・マクドナルドのような小説だなということ。家族の悲劇とその原因を解き明かしていく物語だからだ。主人公のアダム・チェイスは5年前、殺人の濡れ衣を着せられて逮捕された。アダムと仲の悪かった継母のジャニスが、「アダムは血まみれで帰って来た」と証言したためだ。裁判では無罪になるが、町の人たちは疑いを持ち続ける。故郷にいられなくなったアダムは1人でニューヨークに逃れる。5年ぶりに故郷に帰ってきたのは親友のダニー・フェイスから帰るように電話で頼まれたからだ。しかし、帰る早々、またもや殺人事件が起き、アダムは警察から疑いをかけられる。
アダムの母親はアダムが8歳のころ、目の前で頭を撃って自殺した。母親は妊娠と流産を繰り返し、体も精神も衰弱していた。アダムはその原因が父親にあると思った。加えて父親が自分よりも、自分に不利な証言をしたジャニスを信用したことで、父親との仲は決裂した。
その父親との関係がこの小説の一つのポイントでもある。アダムのかつての恋人で警察官のロビンは、父親にアダムが帰ってきたことを知らせる。「親父はどんな様子だった」との問いに対し、ロビンはこたえる。
「控えめで凜としていたけど、あなたが帰って来たことを告げると泣き出した」
僕は懸命に驚きを隠した。「ショックを受けたということか?」
「そういう意味で言ったんじゃない」
僕は息を殺した。
「うれしくて泣いたんだと思う」
僕がなにか言うのをロビンが待っているのはわかっていたが、まともな言葉が見つからなかった。僕の目にも涙がこみあげてきたのを悟られたくなくて、僕は窓の外に目をやった。
5年前の殺人事件は現在の殺人事件とつながっていく。さらに複雑な人間関係も明らかになっていく。現在の悲劇が過去の出来事につながっているというのはこうしたミステリの常套的な展開だが、ありふれた小説にならなかったのは著者の筆力によるものだろう。結末の驚きをアピールするミステリは多いけれど、僕はこうした小説が好きだ。
ジョン・ハートのデビュー作でMWA最優秀新人賞を受賞した「キングの死」が読みたくなったので、amazonを探したが、品切れ。しょうがないので久しぶりにハヤカワ・オンラインに注文した。1冊だと送料がかかるので、ピーター・ウィアーが映画化するというノンフィクション「シャドウ・ダイバー」もついでに頼んだ。
【amazon】川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)