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「グラーグ57」

「グラーグ57」

「グラーグ57」

トム・ロブ・スミス「チャイルド44」の続編。グラーグ57とはシベリアのコルイマ地区にある過酷な第57強制労働収容所を指す。主人公のレオ・デミドフは国家保安省の捜査官時代に自分が逮捕した司祭を脱出させるために囚人としてこの収容所に潜り込むことになる。だが、潜入して早々にレオの正体はばれ、囚人たちから凄絶な拷問を受ける。一緒に潜入するはずだった捜査官は死に、助けは来ない。前作以上に絶体絶命の危機がレオを待ち受けている。

今回もページを繰る手が止まらない面白さ。ただし、完成度においては「チャイルド44」の域には達していない。あんな大傑作を立て続けに書けるわけはないので、これは仕方がないだろう。

「チャイルド44」は国家の命令通りに動いていたレオが国家の在り方に疑問を感じ、人間性を取り戻し、妻ライーサの愛を勝ち得ていく話だった。今回はかつて自分が起こした事件の被害者から復讐される話なので、前向きな気分にはならないのだ。どんなにレオがひどい目に遭おうと、どんなにかつての自分とは違うことを訴えようと、復讐者の恨みには一理も二理もあって、理解できる。それはもちろん、トム・ロブ・スミスも分かっていて、後半、ハンガリーの動乱に舞台を移してから物語は別の様相を現してくる。今回もまた、真の敵は別の所にいる。

原題は「Secret Speech」。フルシチョフがスターリン時代を批判した秘密の演説を指している。復讐者はこれを利用してかつての国家の手先たちを告発していく。レオが収容所に潜り込むのは復讐者から養女のゾーラを誘拐されたためだ。今回、レオは家族を守るために行動を起こすが、物語の中盤で自分が設立した警察の殺人課もライーサの愛も失ってしまう。すべてを失ったレオはどうするのか。

北上次郎の解説によれば、レオ・デミドフのシリーズには第3部が予定されており、それで完結するとのこと。この第2部は物語の真ん中に当たるための弱さが出たのかもしれない。いずれにしてもトム・ロブ・スミスの筆力の快調さは今回も確認できたので、第3部でどんな決着を用意しているか楽しみにしたい。

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「チャイルド44」

最近、こんなに夢中になって読んだ本も珍しい。旧ソ連、スターリン政権下で起きる連続殺人を描いているが、本筋はサイコミステリではない。国家保安省(KGBの前身)のエリートだった主人公が卑劣な部下の罠にはめられ、地方の民警に飛ばされて殺人事件に遭遇するという設定の中で、主人公が人間性と妻の愛を取り戻す様子を描くのが本筋なのだ。優れたスパイ・冒険・スリラー小説に贈られるCWA(英国推理作家協会)スティール・ダガー賞を受賞していることから分かるように、これはほとんど冒険小説。再生していく主人公レオとその妻ライーサの毅然とした姿に強く心を揺さぶられる。

一度疑われたら終わりという監獄のような社会の怖さ。上巻のほとんどを費やして描かれるのはその社会の異常さだ。飢えた兄弟が猫を捕まえようとする出だしから引き込まれ、ページを繰る手が止まらない。上巻は100点満点。死と隣り合わせの中で事件を捜査するレオを描く下巻はミステリ部分がうまく進みすぎるきらいがあるが、それは処女作であるがゆえの瑕疵と言うべきか。「ウォッチメイカー」に感じた、人間が描かれていないという不満はここにはまったくない。

レオの年老いた両親は恵まれた暮らしをしていたが、レオの降格で狭くて汚い共同住宅に移され、重労働を課せられる。レオとライーサは密かに両親のもとを訪ね、その悲惨な境遇に涙する。「おれがもっといいところに住めるようにしなくちゃいけなかったのに」と言うレオに対して母親のアンナはこう答える。

「それはちがうわ、レオ。聞いてちょうだい。わたしたちがおまえを愛してるのはおまえがわたしたちにいろいろとしてくれるからだって、おまえはいつもそんなふうに思い込んでる。子供の頃でさえそうだった。それはちがうわ。おまえはもっと自分の人生に目を向けるべきよ。わたしたちはもう歳なんだから、どこに住もうと大したことじゃない。今だってわたしたちが生きていられるのは、おまえから何か知らせがないかって、それを待つことができたからよ。… (中略)レオ、おまえを心から愛してる。おまえはずっと母さんの誇りだった。おまえが仕えた政府がもっといい政府だったらよかったのに。そういうことよ」

登場人物の隅々にまで目を配った傑作。冒険小説と銘打ってはいないが、冒険小説ファンは読まなくてはいけない本だと思う。著者のトム・ロブ・スミスは1979年生まれ。既に次作「Secret Speech」が完成しており、来年出版される。楽しみに待ちたい。ちなみに本書はリドリー・スコット監督によって映画化が決まっているそうだ。こちらも楽しみ。

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