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「オッド・トーマスの受難」

「オッド・トーマスの受難」

「オッド・トーマスの受難」

ディーン・クーンツの、霊が見える青年オッド・トーマスを主人公にしたシリーズ第2作。第1作「オッド・トーマスの霊感」の解説で瀬名秀明が「ストレートなプロットが採用されているため意外性に乏しく、心の傷が癒えないオッドの語り口もユーモアに欠け、一本調子だ。まるで二作目の悪いところが出てしまった新人作家のようである」と書いていたので、それほど期待せずに読み始めた。確かにストレートな話だし、1作目で深く心に残ったひどい両親の描写もなく、1作目ほどの完成度はないのだけれど、そこらの小説よりはよほど面白い。ステップアップするらしい3作目を読むためにも読み逃してはいけない作品だと思う。

オッドの親友ダニー・ジェサップの義父が殺され、ダニーが何者かに拉致される。ダニーは骨形成不全症で骨が極端に脆い。拉致は刑務所を出たばかりの嫉妬深い父親サイモン・メイクピースの仕業と思われたが、オッドがダニーの行方を捜しているうちに正体不明の邪悪な犯人の仕業であることが分かる。オッドは霊的磁力を駆使してダニーの居場所を突き止め、廃墟のホテルで犯人たちと対決する。

この小説で心引かれるのはクーンツのキャラクター描写だ。椅子に固定され爆弾を仕掛けられたダニーを見つけたオッドとダニーの会話。

ダニーは首を横に振った。「おれのために君を死なせたくない」
「じゃあ、ぼくはだれのために死ねばいい? 見ず知らずの他人のためにか? そんなことしてなんになる? 彼女はだれなんだ」
彼はいかにも自嘲的なうなり声を発した。「おれがろくでもない負け犬だってことがばれちまう」
「きもは負け犬じゃない。きみは変人で、ぼくも変人だけど、どちらも負け犬じゃない」

彼女とは犯人グループのボスであるダチュラのこと。邪悪なダチュラはこう描写される。「神話のなかでは、サキュバスというのは美しい女性の姿をした悪魔で、男とセックスをしてその魂を奪うとされている。ダチュラの顔も身体も、まさにそんな淫魔を絵に描いたようだった」。そしてダチュラの狙いはオッドの霊的能力にあった。

クーンツという作家はモダンホラーから出発した人なので、スティーブン・キングと同タイプの作家という認識を持っていた。このシリーズを読むと、キングとクーンツのはっきりとした違いが分かる。少なくともこのシリーズはオッドという主人公とそれを取り巻く警察署長のワイアット・ポーターや作家のリトル・オジー、ダイナーの店主テリ・スタンボーらがしっかりと描写されていて、そこに物語の深みが生まれているのだ。3作目でオッドはこうした理解者のいるピコ・ムンドの町を離れるらしい。どういう展開になるのか楽しみだ。

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「グラーグ57」

「グラーグ57」

「グラーグ57」

トム・ロブ・スミス「チャイルド44」の続編。グラーグ57とはシベリアのコルイマ地区にある過酷な第57強制労働収容所を指す。主人公のレオ・デミドフは国家保安省の捜査官時代に自分が逮捕した司祭を脱出させるために囚人としてこの収容所に潜り込むことになる。だが、潜入して早々にレオの正体はばれ、囚人たちから凄絶な拷問を受ける。一緒に潜入するはずだった捜査官は死に、助けは来ない。前作以上に絶体絶命の危機がレオを待ち受けている。

今回もページを繰る手が止まらない面白さ。ただし、完成度においては「チャイルド44」の域には達していない。あんな大傑作を立て続けに書けるわけはないので、これは仕方がないだろう。

「チャイルド44」は国家の命令通りに動いていたレオが国家の在り方に疑問を感じ、人間性を取り戻し、妻ライーサの愛を勝ち得ていく話だった。今回はかつて自分が起こした事件の被害者から復讐される話なので、前向きな気分にはならないのだ。どんなにレオがひどい目に遭おうと、どんなにかつての自分とは違うことを訴えようと、復讐者の恨みには一理も二理もあって、理解できる。それはもちろん、トム・ロブ・スミスも分かっていて、後半、ハンガリーの動乱に舞台を移してから物語は別の様相を現してくる。今回もまた、真の敵は別の所にいる。

原題は「Secret Speech」。フルシチョフがスターリン時代を批判した秘密の演説を指している。復讐者はこれを利用してかつての国家の手先たちを告発していく。レオが収容所に潜り込むのは復讐者から養女のゾーラを誘拐されたためだ。今回、レオは家族を守るために行動を起こすが、物語の中盤で自分が設立した警察の殺人課もライーサの愛も失ってしまう。すべてを失ったレオはどうするのか。

北上次郎の解説によれば、レオ・デミドフのシリーズには第3部が予定されており、それで完結するとのこと。この第2部は物語の真ん中に当たるための弱さが出たのかもしれない。いずれにしてもトム・ロブ・スミスの筆力の快調さは今回も確認できたので、第3部でどんな決着を用意しているか楽しみにしたい。

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「ニーナの記憶」

「ニーナの記憶」

「ニーナの記憶」

今年のMWA賞でメアリ・ヒギンズ・クラーク賞を受賞した。原題はThe Killer’s Wifeで、シリアル・キラーの妻を主人公にしたサスペンス。3分の2ぐらいまでは夫が殺した娘の父親から理不尽な攻撃を受ける主人公と、夫が逮捕されるまでの過去の生活の回想(これが邦題の理由)、終盤の3分の1が何者かに連れ去られた主人公の息子を巡るサスペンスとなる。前半の方が面白いが、著者のビル・フロイドはこれがデビュー作だそうで、最初の作品でこれだけ書ければ十分だろう。

主人公のニーナがショッピングセンターの食品売り場で「リー・レンでしょう?」と60代の男から声をかけられる場面で始まる。「ええ、そうです」と答えた途端に男の態度は豹変する。

「あんたの本当の名前はニーナ・モズリー。一九九七年十一月八日、あんたの夫ランドル・ロバーツ・モズリーが私の娘キャリーを殺した」。
この世のすべてが遠くに見えた。両足や空いているほうの手と同じく、つかまれた手から力が抜けたが、チャールズ・プリチェットがあからさまに力を加えて関節が音をたてそうなほどわたしの指を締めつけている。手を引き抜こうとしても、彼がカメラのストロボのように目を光らせてしっかりつかんでいた。

悪夢のような場面。ニーナは逮捕された夫ランディと離婚し、名前を変えてこの町に移り住んでいたのだ。プリチェットはニーナがランディの共犯に違いないと思い込み、私立探偵を雇って行方を突き止めた。事件の犯人の家族が世間から冷たい目で見られるのはアメリカでも同じらしい。

ランディは10年余りの間に少なくとも12人を殺害した。死体の眼球はえぐられ、代わりにサイコロなどが詰め込まれていた。ニーナは当初、そんなランディの正体にまったく気づかなかったが、やがて不審な点が目につき始め、決定的な証拠を突きつけられる。そして自分から警察に通報するのだ。しかし、最近になってランディの手口と似た殺人事件が発生する。

著者は2005年に逮捕されたシリアル・キラーをモチーフにこの小説を書いた。逮捕された男は郊外に住む普通の家庭の夫で、家族は誰一人、夫・父親が連続殺人の犯人とは気づかなかったという。

この小説、ランディが及ぼす力などに「羊たちの沈黙」の影響が見られるけれども、無駄に長くないのがいい。殺人者の妻の心理を詳細に描きながらサスペンスを盛り上げ、きっちりとまとまった佳作。

「ブルー・ヘヴン」

「ブルー・ヘヴン」

「ブルー・ヘヴン」

昨年8月に翻訳が出た本で、今年のMWA最優秀長編賞を受賞した。殺人事件を目撃した幼い姉弟とそれを守る老牧場主を巡るサスペンス。終盤で意外な人間関係は明らかになるけれども、これは老牧場主のジェス・ロウリンズの生き方をじっくりと描いて心に残る作品だ。

舞台はアイダホ州北部の小さな町クートネー・ベイ。ロサンゼルス市警を退職した警官が多く移り住んでくるため、ブルー・ヘヴンと呼ばれている。姉弟が目撃した殺人は元警官の4人組によるものだった。気づかれた姉弟は逃げ、ジェスの牧場にたどり着く。ジェスの家は祖父の代からここで牧場を経営してきたが、妻のカレンの浪費癖によって牧場はジェスが知らない間に多額の借金を負い、人手に渡ろうとしていた。カレンは牧場を出て行き、息子は精神を病んでいる。その頃、町には8年前に起きた競馬場での現金強奪事件を調べるため、警察を退職したばかりのエデュアルド・ヴィアトロが訪れていた。

ジェスとヴィアトロは物語の中盤で出会う。2人は真っ当に生きてきた同じタイプの人間であることを知る。「今でも警察官倫理規定の最後を暗唱できる」と言って、暗唱してみせたヴィアトロに対してジェスは言う。

「引退したとは残念だ」ジェスは言った。
「このことばからは引退していない。まだ、な」
ジェスはこうした話題について誰かと話しができることに驚いた。それも、はじめて会った男と。こんな風に考えている人間が他にもいるのだとわかっただけで嬉しかった。

「あんたは面白い男だな、ミスタ・ヴィアトロ」
「水から上がった魚さ、それがいまのおれだ。だがおれは、決意の固い魚だ」
「そうみたいだな」ジェスは応えた。「おれもどうやら、あんたと同じみたいだ」
二人は手を握り合った。

ストレートなサスペンス作品だが、このようにジェスとヴィアトロ、その周囲の人間たちを生き生きと描いていて読ませる。正統派の西部劇のような印象を受けるのはアイダホ州の自然の中で描かれる話であるためか。作者のC・J・ボックスはワイオミング州生まれ。これまでにワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケットを主人公にしたシリーズ作品などを書いているそうだ。僕は初めて読んだ。

訳者あとがきには「アバウト・シュミット」のプロデューサー、マイケル・ベスマンとキャメロン・ラムが映画化の権利を獲得したとあり、CJ Box Web Siteにもそう書いてあるが、IMDBにはまだ影も形もない。ジェスのイメージに近いのはあとがきにもあるようにクリント・イーストウッドだろうが、もう無理か。

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「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」

「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」

タイトルロールのドラゴン・タトゥーの女、リスベット・サランデルがすこぶる魅力的だ。身長154センチ、体重42キロ。小柄で24歳なのに14歳ぐらいにしか見えない。背中にはドラゴンの刺青、顔にピアス。黒いTシャツに革ジャンのパンクルック。中学校中退。感情表現が欠如し、上司を絶望の淵に追い込むほど協調性がない。社会不適格者。しかし、こういう外見、性格からは想像がつかない天才的なリサーチャーで、驚異的なハッカーの技術を駆使して調査の相手を裏も表も綿密に調べ上げる。物語の主人公は雑誌「ミレニアム」の編集者ミカエル・ブルムクヴィストだが、リスベットが出て来た途端に話は溌剌とする。リスベットのキャラクターを創造したことで、この小説の成功は決まったようなものだっただろう。作者のスティーグ・ラーソンが第2部「ミレニアム2 火と戯れる女」でリスベットを主人公にしたのは当然だと思える。

ミカエルは大物実業家のヴェンネルストレムの悪事について書いた記事が事実無根と訴えられ、名誉毀損で有罪となった。ミカエルは事情があって控訴せず、雑誌社をしばらく離れることになる。そこへ大手企業の前会長ヘンリック・ヴァンゲルが声をかけてくる。兄の孫娘で1966年に失踪したハリエットについて調べて欲しいというのだ。ハリエットは殺されたらしいが、死体は見つかっていない。ヴェンネルストレムはかつてヴァンゲルの会社にいたことがあり、そこでも悪事を働いたらしい。その悪事を教えるということを条件にミカエルは調査を始める。やがて、ハリエットの失踪は猟奇的な連続殺人事件に関係していることが分かってくる。果たして犯人は誰なのか。調査能力を買われたリスベットもミカエルに協力し、約40年前の事件の真相に迫っていく。

物語の真ん中に猟奇的殺人事件、その前後にヴェンネルストレムとミカエルの確執を置いた構成。殺人事件だけだったら、よくあるサイコものに終わっていただろうが、ミカエルのジャーナリストとしての意地とその人間関係を描くことで充実したエンタテインメントになっている。

43歳のミカエルと娘ほども年齢の異なるリスベットは調査を進めるうちに親しくなっていく。そしてリスベットは自覚する。

クリスマスの翌日の朝、彼女にとってすべてが恐ろしいほど明瞭になった。どうしてこんなことになったのか分からない。二十五年の人生で初めて、彼女は恋に落ちたのだ。

当初は5部作の予定だったらしいが、作者は第4部の執筆にかかったところで急死した。3部まででも話は完結しているとのことなので、安心して第2部を読みたい。

第1部は映画化されており、IMDB(Män som hatar kvinnor)では7.8の高得点。予告編を見ると、原作よりもサスペンスタッチ、猟奇的なタッチを強調した作品になっているようだ。リスベットのイメージも原作とは違う。スウェーデン映画なので、日本公開の予定があるかどうかは分からないが、ぜひ公開してほしいところだ。
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