「64(ロクヨン)」

2016年5月14日(土)PM19:21


 「クライマーズ・ハイ」を超えられるはずはないと思っていた。横山秀夫の体験を基にし、一番詳しい元の職場を舞台にした作品なのだから、それを超える小説ができるはずがない。だから本棚に3年以上も放置してあった。映画が公開される直前に読み始めた。先に映画を見てストーリーを知ってしまったら、恐らく一生読まないことになる。読んでみて、浅はかな考えだったと痛感した。これは「クライマーズ・ハイ」を超えている。テーマ的に「クライマーズ・ハイ」を継承し、深化させ、圧倒的な筆致で描いた重量級の傑作だ。

「クライマーズ・ハイ」で気になったのはラスト、地方の支局に飛ばされた主人公のその後だった。エピローグで少し描かれてはいるが、主人公が今の境遇をどう考えているのか、詳細には語られなかった。「64」は自分が望まない職場に配置された主人公がさまざまな人間関係の軋轢や次々に起きる問題に立ち向かう姿を描いている。

昭和64年1月5日に起きた誘拐殺人事件、刑事たちから「ロクヨン」と呼ばれる未解決事件が物語の中心軸にあるが、何よりもこれは組織と人間を描いた小説だ。分厚い感動を生むために横山秀夫は微に入り細にわたったエピソードと描写を費やしている。絶対に細部をおろそかにしないという著者の強い意志が感じられ、647ページの分量に無駄な部分は一切ない。

58万世帯、人口182万人のD県。県警の刑事として20年間勤めた主人公・三上は広報官に異動させられた。広報勤務は20年前に1年間だけ経験していた。刑事部と警務部には対立感情があり、刑事部は警務部の人間を信用していない。刑事が本職と考えている三上は当初は広報室改革に乗り出すが、非協力的な刑事部と記者たちとの関係などさまざまな壁に限界を感じて普通の広報官、警務の人間になりつつあった。そんな時、警察庁長官の視察が決まる。長官は14年前に起きた誘拐殺人事件の被害者宅を訪ねる計画。そこで記者からぶら下がり取材を受けることで、事件の新たな情報提供に結びつけたいという警察の思惑があった。

ロクヨンは7歳の少女が誘拐され、身代金2000万円を奪われた上、少女が死体で見つかるという最悪の結末を迎えた事件。三上は被害者の父親・雨宮に長官訪問の了解を取りに行くが、断られてしまう。一人娘を殺され、妻も病気で亡くして一人暮らしの雨宮には事件を解決できない警察への不信感があるようだった。三上も当時の捜査に加わっていた。ここからロクヨンの捜査にかかわった刑事と関係者の当時と今の姿が語られていく。

三上の一人娘で高校生のあゆみは家出して行方が分からない。元婦人警官の妻・美那子はそれ以来、家から出なくなった。鬼瓦のような顔をした三上と美人の美那子の結婚は「県警の七不思議」と言われた。この家族のサイドストーリーもいい。2人は娘についてこう話す。

「ウチに生まれたのが間違いだって言いたいのか」
「そんなこと言ってない。あゆみにとって本当に必要なのは、私たちじゃない誰かかもしれないって思うの」
「誰かって誰だ」
「きっとどこかにいるんだと思う。ああなってほしいとかこうなってもらいたいとか望まずに、ありのままのあゆみを受け入れてくれる人が。そのままでいいのよ、って黙って見守ってくれる人が。そこがあゆみの居場所なの。そこならあゆみはのびのび生きていける。ここじゃなかったの。私たちじゃなかったの。だからあゆみは出て行ったの」

匿名発表を巡る記者クラブとの対立や同期の二渡(ふたわたり)の不審な行動、ロクヨンに関わり、引きこもりになった元警察官などさまざまなエピソードが3分の2にわたって描かれた後、ロクヨンの模倣事件が発生するクライマックスに突入する。その過程で主人公の考えの変化も描かれていく。警察小説というと、複数の事件が同時並行して描かれるモジュラー型の小説をイメージするのだけれど、これも立派な警察小説だ。連載を途中で打ち切り、出版寸前まで行った作品も反故にしてほとんどをあらたに書き下ろしたという作者の執念が結実した傑作だと思う。

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「ノックス・マシン」

2016年2月27日(土)PM20:54


 「このミス」2014年版の国内編1位。表題作のほか、「引き立て役倶楽部の陰謀」「バベルの牢獄」「論理蒸発 ノックス・マシン2」の計4編を収録している。

Kindle版には「バベルの陰謀」が含まれていない。これは活字でなければできない作りだからだ。具体的には裏返し(鏡像)の文字があるのだ。こういう文字は電子書籍では画像にするしかないが、拡大縮小ができないので収録は難しい。アルフレッド・ベスター「虎よ!虎よ!」など作品中に文字以外のものが混ざっている作品も同じだろう。電子書籍、万能ではない。

この作品集、端的に言うと、SFファンにとってはSF度が物足りなく感じ、本格ミステリの名作に詳しくない人は面白さが分からないだろう。SFの知識があまりなく、本格ミステリを古い作品から読み込んでいるファンは喜ぶという作品だ。

表題作はイギリスの作家ロナルド・ノックスが1929年に発表した探偵小説のルール集「ノックスの十戒」をめぐる話。設定と経緯が長々と説明されて、いきなりエピローグになるという話である。一言で言うと、バランスが悪い。アイデア自体はバカSFに近い。2058年が舞台。コンピュータが文学を創造するようになり、質的にも人間を超えた時代、主人公の大学生ユアン・チンルウは20世紀初頭のパズラーを愛し、ノックスの十戒を研究テーマに選んだ。その第5項には政治的に正しくない記述がある。「探偵小説には、中国人を登場させてはならない」。なぜノックスはこの項目を入れたのか。チンルウはこれを深く研究し、論文を書く。ある日、国家科学技術局に呼び出しを受ける。

タイムトラベルを絡めた展開だが、設定はSFでもSF的には発展していかない。短編で書くには短く、長編を支えられるアイデアでもないという難しいところにある。「論理蒸発 ノックス・マシン2」はこれの続編で2073年が舞台となる。

作者はあとがきでこう書いている。

荒唐無稽なSFといっても、「どこまで風呂敷を広げられるか」よりも、「広げた風呂敷をどうやって畳むか」の方に思考が向かいがちなのは、ミステリ作家の性でしょう。

そう、ミステリは必ず謎が論理的に解決される閉じた物語であり、SFは開放した物語だ。例えば、アイザック・アシモフが書いたSFミステリはミステリとして完結しても結末には広がりが感じられた。ミステリ作家がSFにアプローチした場合とSF作家がミステリ寄りの作品を書いた場合、はっきりと違いが出てくる。だから、この作品にSFの面白さを期待するのは見当違いというものなのだろう。

それでも4編とも好感が持てるのはパスティーシュのようなユーモアが根底にあるからだ。ワトソンやヘイスティングス大佐が、引き立て役(名探偵の相棒)の出てこないクリスティーの「アクロイド殺し」と「そして誰もいなくなった」をめぐって議論する「引き立て役倶楽部の陰謀」にはニヤリとさせられる。電子書籍よりも活字の本を愛する作者の思いが前面に出ているのも好感の要因になっている。本当の本好きは電子書籍では満足しないものなのだ。

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「負ける技術」

2016年2月21日(日)PM17:04


 OL兼漫画家のカレー沢薫のエッセイ。クスクス、ゲラゲラ笑いながら読み終わった。月刊「モーニング・ツー」とモーニング公式サイトに掲載された136編を収めてある。非リア充の立場からリア充へのを憎しみをにじませ、「クリスマスやバレンタインのようなカップル主役のイベント」に罵声を浴びせ、負け続けてきた自分を自虐的に振り返る。

著者は高校時代に男子生徒と交わした会話はわずか2回だけ、しかもそのうち1回は記憶がおぼろげで、もしかしたら自分の妄想かもしれず、もう1回は「窓開けて」と言われただけでよく考えたら、会話として成立していない、という達人だ。

結論から言うと負けるのに技術はいらない。私ぐらいの達人になると、呼吸をするがごとく負けているし、歩いた後には300個ぐらいの敗北が転がっているのだ。

そこまで達人でなくても、たいていの人は非リア充なので、この本の至るところで多かれ少なかれ「あるある」と思ったり、「それは極端だろ」と思って笑えるだろう。著者は調子の悪いパソコンを修理に出す際、パソコンから女優とのセクシー画像を流出させた俳優(香港のエディソン・チャン)の事件を思い出してこう考える。

幸い私のパソコンに、私の上を通り過ぎていった男たちの写真や動画は入っていないが(誰も通らなかったため)、赤の他人のエロ画像が入っているという可能性はなくはない気がしてきた

男女のカップルに憎しみ光線を投げるところなどは東海林さだおのエッセイを思い起こさせるが、東海林さだおはもっとシャイで上品だし、エッセイを書くのにちゃんと取材に行っている。カレー沢薫は下ネタもあるし、自分とその周囲のことだけ書いている。それを136編も書けることに感心する。嫌みにも悲惨にもならない自虐ネタは難しいものだ。

カレー沢薫の漫画は読んだことはないが、エッセイはもっと読みたい。

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「終わりで大きく儲かる『つみたて投資』」

2016年2月10日(水)AM10:23

投資信託積み立てのメリットを初心者向けに分かりやすく解説した好著だと思う。投信の価格(基準価額)を気にする必要はなく、基準価額が積み立てスタート時から半分になっても利益を出すことはできるという仕組みがよく分かる。マイナス金利政策によって預金金利も下がったし、投資信託を始めてみようかと考える人の背中をこの本は押してくれるだろう。

基準価額が半分になっても利益が出るにはそれまでに基準価額が上下の値動きを繰り返す必要がある。右肩下がりに基準価額が下がったまま回復しなければ、当然のことながら利益は出ない。底値から回復した場合に利益が出るのだ。

投資信託の評価額=保有口数×基準価額

本書で紹介しているこの計算式は投信を保有している人には常識だ。半値以下に下がった時にも積み立てを続けていれば、口数を多く買える。そうすると、価額が上がった場合の回復力が大きくなる。

投信を保有している人なら以下の計算式も常識だろう。

投資の損益=(保有口数×基準価額)-(保有口数×取得単価)

取得単価が基準価額より低ければ利益が出ており、逆なら元本割れをしているということ。気にすべきなのは基準価額ではなく、基準価額と取得単価との価格差だ。基準価額が右肩上がりならば、取得単価も徐々に上がっていく。右肩下がりなら取得単価も下がっていく。だから基準価額が半分になっても、毎月投資をしていれば、取得単価も下がっているので、儲かる場合がある。取得単価は以下の式で計算できる。

取得単価=(投資額÷保有口数)×10000

できるだけ取得単価を低く抑えるには基準価額が下がっている時にこそ積立投資を続ける必要がある。価格が下がった時に買い下がるナンピン買いは株式では良くないとされる。単一銘柄の株価が再び上昇するとは限らず、傷口を広げる恐れがある(たいてい、そうなる)からだ。経済評論家の山崎元さんに言わせると、株式の買値にこだわるのは素人で、ナンピン買いをするぐらいなら別の銘柄に投資した方がいい、ということになる。

投資信託への投資は異なる。世界経済はこれまで上下を繰り返しながら成長してきた。その成長に連動する投資信託への投資(インデックス投資)は取得単価を下げるためにむしろナンピン買いを積極的に行う必要がある。毎月の積立投資はそれを自動的にやってくれる。

こういうことをシミュレーションを交えて具体的に分かりやすく書いてあるのがこの本の大きな美点だ。著者は積立投資にはつきもののドルコスト平均法という言葉さえ使っていない。ポートフォリオという言葉もない。これには感心する。物事を易しい言葉で分かりやすく説明するのは難しいことだ。

本書で推奨しているのは少なくとも10年以上にわたる長期投資で、投資の対象は世界株式全体。これまで世界の株式市場は成長時期が5年から10年ぐらい続くと暴落し、そこから回復してきた。前回の暴落は2008年のリーマン・ショックだから、もはやいつ暴落してもおかしくない時期に来ている。1年も2年も元本割れの期間が続くと、気持ちが萎えてくるだろうが、そういう時にこの本は支えになってくれるだろう。暴落したら「終わりで大きく儲かる」ためのチャンス到来なわけである。

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「やってはいけないウォーキング」

2016年2月7日(日)PM20:26

タイトルはウォーキングそのものをやってはいけないという意味ではなく、効果のない、あるいは体に害を及ぼすような悪いウォーキングの仕方をやってはいけないという意味だ。ウォーキング関係の本は何冊か読んだが、それぞれに著者独自の主張が書いてあって、どういう歩き方をすれば良いのか、よく分からなくなってくる。一般論に自分がやっているウォーキングの方法を付け加えて書いた本がほとんどなのである。この本のメリットは5000人を15年間、追跡調査した結果に基づいている点。実際に効果をあげたデータなら、信頼性は増すだろう。

それによると、「8000歩/20分」が最も良いウォーキングだそうだ。1日の歩数は8000歩、そのうち20分は中強度の歩きにする。これを続けた人には以下のような効果がある。

要支援、要介護、うつ病、認知症、心疾患、脳卒中、がん、動脈硬化、骨粗しょう症の発症率が低い。そして、高血圧、糖尿病の発症率が身体活動の低い人に比べて圧倒的に下がる。

効果があるのは「8000歩/20分」だけではない。「4000歩/5分」でも要支援・要介護を予防でき、うつ病にかかる人が少なくなる。「5000歩/7.5分」「7000歩/15分」と距離を伸ばすに従って、かかる病気は少なくなっていく。もっともメタボリックシンドロームの人はやはり1日10000歩が必要とのこと。

中強度の歩き方とは「なんとか会話ができる程度」の速歩き。大またで歩くといいそうだ。また、散歩の時間以外の過ごし方も重要。ウォーキングで疲れたからといって、後の時間をダラダラ過ごすと、効果はない。

僕はいつも犬の散歩をしているけれど、20分間、大またで歩くのはけっこう大変だ。これは1日で20分間、中強度の歩き方をすればいいそうなので、散歩のほかに普段歩く時も大またを心がけて20分に達すればいいのだろう。

散歩の時にはスマホで歩いた距離を測っている。それ以外はスマホをいつも持ち歩いているわけではないので1日に歩いたトータルの距離は分からない。というわけで活動量計を買うことにした。オムロンのHJA-403C-BKカロリスキャン。「階段上り歩数」と「早歩き歩数」を個別にカウントできるのがいいし、1年前に発売されたもので当初の価格より2000円ほど安くなっている。

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