エッセイ」カテゴリーアーカイブ

「負ける技術」


 OL兼漫画家のカレー沢薫のエッセイ。クスクス、ゲラゲラ笑いながら読み終わった。月刊「モーニング・ツー」とモーニング公式サイトに掲載された136編を収めてある。非リア充の立場からリア充へのを憎しみをにじませ、「クリスマスやバレンタインのようなカップル主役のイベント」に罵声を浴びせ、負け続けてきた自分を自虐的に振り返る。

著者は高校時代に男子生徒と交わした会話はわずか2回だけ、しかもそのうち1回は記憶がおぼろげで、もしかしたら自分の妄想かもしれず、もう1回は「窓開けて」と言われただけでよく考えたら、会話として成立していない、という達人だ。

結論から言うと負けるのに技術はいらない。私ぐらいの達人になると、呼吸をするがごとく負けているし、歩いた後には300個ぐらいの敗北が転がっているのだ。

そこまで達人でなくても、たいていの人は非リア充なので、この本の至るところで多かれ少なかれ「あるある」と思ったり、「それは極端だろ」と思って笑えるだろう。著者は調子の悪いパソコンを修理に出す際、パソコンから女優とのセクシー画像を流出させた俳優(香港のエディソン・チャン)の事件を思い出してこう考える。

幸い私のパソコンに、私の上を通り過ぎていった男たちの写真や動画は入っていないが(誰も通らなかったため)、赤の他人のエロ画像が入っているという可能性はなくはない気がしてきた

男女のカップルに憎しみ光線を投げるところなどは東海林さだおのエッセイを思い起こさせるが、東海林さだおはもっとシャイで上品だし、エッセイを書くのにちゃんと取材に行っている。カレー沢薫は下ネタもあるし、自分とその周囲のことだけ書いている。それを136編も書けることに感心する。嫌みにも悲惨にもならない自虐ネタは難しいものだ。

カレー沢薫の漫画は読んだことはないが、エッセイはもっと読みたい。

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「映画にまつわるXについて」

映画監督・西川美和のエッセイ集。特に前半の「X=お仕事探訪」、「X=アプローチ」、「X=免許」が面白い。短編小説のようなストーリーに沿って書かれており、読んでいて向田邦子のエッセイを思い出した。

「X=免許」は映画「夢売るふたり」の撮影のために松たか子とともにフォークリフトの免許を取りに行く話。あの映画のラストには松たか子がフォークリフトを運転する場面があったが、わざわざ免許を取ったとは知らなかった。松たか子は素性を隠して教習所に通う。誰にも気づかれなかったのはまさか女優がフォークリフトの免許を取るとは思えないからだろう。

「X=アプローチ」は同じく「夢売るふたり」でウエートリフティングの選手を演じた女優の江原由夏が映画のためにウエートリフティングの練習をし、コーチに才能を認められる話。「ロンドン五輪は無理でもリオ五輪を目指せる」ぐらいに才能があったというのだから、人生、何が起きるか分からないのだ。その後の経過を調べてみると、江原由夏、全国大会で8位には入賞したが、オリンピックは目指さなかったらしい。

このほか、映画「ゆれる」の撮影で香川照之が脚本に異議をとなえ、「第五稿に戻してください」と直言する話も読ませる。香川照之は続けてこう言う。

「役者がこんなことを言うのはおかしい。俺だっていつもなら脚本に、監督の演出にすべて従うことにしている。けれど、もしも一生の内、役者が脚本に対して意見することが許されるカードが、仮に三枚だけ与えられているものだとしたら、俺は迷わずその一枚を今ここで使うよ。書き直されて、明らかに流れが断ち切られて行っている。明らかに色んな意見に揺さぶられて分断されて行ってるのが分かる。初めて読んだ時、俺は兄弟の直接対決のシーンの長い会話を、この人は二秒で書いたんではないか、と思った。それくらい強烈な勢いがあったのに。何ですか、この新しい台詞は! 繋がってない! こんなのニシカワミワの台詞じゃない! 監督、お願い。一度考え直してみて」

向田邦子を思い出したと書いたが、「足りない女」は向田邦子に関する考察だ。「女に生まれた者として、『向田邦子』はあまりに出来すぎていて、具合が良すぎて、まぶしすぎて、がっくり来るのである」と西川美和は書いている。いやいや、かなり近いところまで行っていると僕は思う。

西川美和の小説の才能は映画「ディア・ドクター」の登場人物のエピソードを描いた「きのうの神さま」で認識したのだが、エッセイもうまい。基本的に文章がうまい人だが、それだけでなく、物事に対する考察が深い。

新作の「永い言い訳」を読むかどうかずっと迷っていたのだけれど、このエッセイを読んで「すぐに読まねば」という気になった。

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「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

恐竜が鳥類の先祖という説が一般に広まったのはマイクル・クライトン「ジュラシック・パーク」(1990年)が出版された時だろう。それは単なる一説だろうと当時は思ったが、本書の序文によると、今では「鳥類が恐竜から進化してきたことを疑うことは容易ではない」ということになっているそうだ。

鳥類学者の立場から恐竜をプロファイリングした本。恐竜の種類や生態、鳥類との共通点、白亜紀の絶滅(鳥類が子孫であるなら絶滅はしていない)に至るまでを語り、最後まで楽しく読める。その大きな要因は著者が至るところにユーモアを織り込んでいるからだ。それは本文中だけでなく。脚注にもある。例えば、著者は「鳥類が恐竜から進化したと考える以上、羽毛恐竜の発見は想定内だった」と書いた上で、脚注にこう書く。

かくいう筆者は先ほどまで使っていたはさみを見失い、潤滑剤の雄、KURE5-65をあったはずと思いつつも発見できずに4本も買い直すような人間である。そんな私が、この発見を想定内とするのは確かにおこがましい。心から謝りたい。

あるいは以下のような部分。

鳥の最大の特徴は、空を飛ぶことだ。飛べない鳥もいるじゃないか、なんて指摘は盛り下がるばかりなので、問答無用で門前払いである。

著者のプロフィルに生年が書いてないので年齢は分からないのだが、森林総合研究所の主任研究員という肩書きとReaD&Researchmapにある写真から見て30代だろうか。その割にはギャグがいちいち、こちらの好みに合っている。同じ年代かと思うほど。

もっとも著者はそうしたユーモアに関することばかり褒められてもあまり嬉しくないかもしれない。付け加えておくと、というかこっちが本筋だが、この本は恐竜に関して少しは知識があると思っていたこちらの考えを見事に打ち砕いてくれた。プテラノドンなどの翼竜や首長竜は系統的には鳥類や恐竜とはまったく異なるものなのだそうだ。おまけにその翼竜が四足歩行もしていたなんてまったく知らなかった。翼竜が空を飛ぶための皮膜より鳥類の羽毛がいかに優れているかも本書は詳しく教えてくれる。羽毛恐竜に関する調査研究はこの10年でかなり進んだそうだ。本書は最新の研究を踏まえた恐竜の全体像をつかむのに格好のテキストだと思う。

20代のころ、アイザック・アシモフの科学エッセイが好きでよく読んでいた。楽しく読みながら知識を深めさせてくれる本で、アシモフは当時、この種の読み物の第一人者だったと思う。この本はアシモフの科学エッセイに共通するものがある。著者は恐竜や鳥類に関するエッセイをもっと書くべきだと思う。どこかで連載してはどうだろう。

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「健康食」のウソ

「健康食」のウソ

「健康食」のウソ

 NHK「あさイチ」でDHA(ドコサヘキサエン酸)について「乳児期に摂取するとIQが向上したり、認知症の予防効果がある可能性」があると報じていた。「あさイチ」は出勤途中の車の中で毎日見ている番組で民放のワイドショーに比べれば、はるかにましな内容だと思う。「ためしてガッテン」で取り上げたテーマの焼き直しがよくあるのだが、これもその一つか?

『「健康食」のウソ』の著者・幕内秀夫はDHAを多く含む青魚を食べると頭が良くなるという通説に対して「脳を形成する一つの成分にすぎない物質(DHA)が、なぜ『頭の良さ』と結びつくのか理解に苦しみます。『頭をよくするためにを青魚食べろ』とは、『貧血の人はレバーを食べろ』と同様の大いなる錯覚です」と書く。著者がこの本で言っているのは一つの食品だけで頭が良くなったり、ダイエット効果があったり、健康になることはないというシンプルで当たり前のことだ。

朝バナナダイエットというアホなダイエット法が数年前に流行した。バナナは食物繊維を含むのでお通じが良くなって体重が減ることは考えられる。カロリーも少ないので、それまで食べていた朝食のカロリーを下回れば、痩せることもあるだろう。だが、ダイエットに効果的な成分が含まれているわけではない。このほか、血液をさらさらにする納豆、骨粗鬆症を防ぐ牛乳、腸をきれいにするヨーグルト、がん予防効果がある緑茶、脳の栄養になる砂糖、コレステロールを下げるオリーブ油などなどを著者は明確に否定し、「『一品健康法』のほとんどすべてが一部の成分だけを取りだして論じるワンパターン」と断じている。

驚くのは著者が「飲尿療法」まで試していることだ。どう考えても排泄物である尿を飲んで健康になるわけはないのだが、これも確かに話題になった。著者によれば、「過去二十数年間で最大の話題」という。著者は吐き気に襲われながら半年余り続けた。映画「127時間」で岩に手を挟まれ身動きできなくなった主人公が渇きに耐えかねて自分の尿を飲み、吐くシーンがあったが、あれと同じことを続けたわけだ。その結果、まったく効果はなかったという。困るのはこうした科学的根拠のない療法でも効果のある人がいること。著者はそれについて「プラセボ(偽薬)効果」としている。

ベストセラー「粗食のすすめ」の著者なので、この本で勧めているのもご飯に味噌汁、漬け物というシンプルな和食だ。そして食事だけでは健康にならないと強調する。「健康は生活全体の問題です。そのなかには当然、食事も含まれますが、食事だけで健康を語れるものではありません」。

200ページほどの新書なのでサラッと読めて、中身も堅くない。著者は管理栄養士、フーズ&ヘルス研究所代表。

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「ものぐさ自転車の悦楽」

「ものぐさ自転車の悦楽」

「ものぐさ自転車の悦楽」

サブタイトルは「折りたたみ自転車(フォールディングバイク)で始める新しき日々」。自転車生活を始めるに当たって選択すべきは折りたたみ自転車である、ということを提唱した本だ。なぜか。ものぐさな人でも大丈夫だからだ。普通、最初に買う自転車はクロスバイクであることが多い。ロードバイクのドロップハンドルには抵抗があるし、そんなに長いツーリングをするつもりもなく、通勤に使うだけなら、クロスバイクで十分と思うのが人情なのだ。そして自転車に夢中になった後、最初からロードバイクにすれば良かったと後悔することが多いのだそうだ。走りの性能において、ロードバイクに勝るものはないということが分かってくるから。そうなると、クロスバイクは買い換えることになってしまうが、折りたたみ自転車はロードバイクと共存できるのがメリット。だからこの本の主張通り、最初は折りたたみを選ぶのは間違いではないのだろう。

この本ではなく、同じ疋田智さんのメルマガに影響されて、先週、ダホンのMu P8(ミューP8)を注文した。以前から自転車は欲しかったのだが、僕にも最初からロードバイクに乗ることには抵抗があった。メルマガを読んでハッと気づいた。僕は酒飲んで車を会社の駐車場に置いて帰ることが多い。翌日、バスで取りに行くことになるが、うちはバス停まで20分近くかかるのだ。いや、20分ぐらい歩くのはウォーキングが趣味の者としては何でもないのだけれど、バスがなかなか来なかったりして時間がかかる。折りたたみ自転車なら、自転車でさっさと駐車場に行き、車に積んで帰れる。

折りたたみ自転車といってもスポーツバイクなので、走行性能はママチャリとは比較にならないほど良い。自転車生活の第一歩にはもってこいなのだ。

実際に使ってみれば分かる。フォールディングバイクは、完璧にスポーツ自転車でありながら、同時にものぐさ者のための自転車でもある。
つまり、この自転車こそ、究極の汎用自転車なのだ。

本書で紹介している折りたたみ自転車はブロンプトン(英国)、BD-1(ドイツ)、ダホン(米国)の3メーカーの自転車。ダホンではBoardwalk D7が取り上げられているが、メルマガでは「正直なところパーツが若干プアである。自転車マニアが乗って納得するためには、パーツを色々交換しなくてはならない」とあり、「乗り味がしっかりとソリッドで、スピードを出しやすい」としてMu P8を推奨している。

折りたたみ自転車だけにとどまらず、自転車生活の楽しさと注意点が十分に網羅されていて、本書を読むと、自転車生活を始めたくなる人が多いだろうし、折りたたみ自転車を買いたくなるだろう。

【amazon】ものぐさ自転車の悦楽~折りたたみ自転車で始める新しき日々