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「理系の子 高校生科学オリンピックの青春」

ハードカバー版はノンフィクション書評サイトHONZが選ぶ2012年の第1位になり、最近、文庫化された。読んでいて目が潤んできたり、心地よくなったり、胸が熱くなってくる。なぜこんなに感動的なのだろうと考えて、理由が分かった。このノンフィクションに収められた中学・高校生たちの物語はどれもサクセス・ストーリーの構造になっているからだ。

賞金総額400万ドル(!)のインテル国際学生科学フェア(ISEF)に出場するのは約1500人。このノンフィクションに登場する子供たちすべてが受賞するわけではないが、それぞれに苦しい境遇の中で研究・開発を進め、大学の奨学金や賞金、そして何よりも自分が進むべき道を見つけることになる。スポーツだけでなく、科学でもアメリカンドリームは実現できるのだ。著者のジュディ・ダットンは子供たちの家族を含めて詳細な取材をし、温かい筆致の物語に仕上げた。

序章・終章を含めて全14章で11人の子供たちが登場する。僕が最も心を動かされたのは少女が馬の研究をする「ホース・セラピー」。主人公のキャトリン・ホーニグの父親ブルースは癌にかかるが、治療費がないためアメリカ国立衛生研究所で実験的な治療を受ける。投与された薬の副作用のため被験者15人の中で生き残ったのはブルースだけ。そのブルースも肺繊維症を発症し、肺の38%しか機能しなくなった。医者はブルースがなぜ生きているのか説明できないが、妻のジャネットはブルースが不屈の生命力を持ち、つましい生活を送ってきたからだ、と思っている。ブルースはキャトリンにこう言う。

「なにかというと医者は余命三カ月だと言うのだが、パパはそれをまちがいだと身をもって証明してきたんだよ。おまえが高校を卒業するのを見届けるまで、がんばる。そこまでいけたら、今度は大学を卒業するまでだな。その次は、おまえが結婚するまでもちこたえるつもりだよ」

治療費はかさみ、一家は25万ドル以上の借金を背負っている。生活は決して楽ではない。キャトリンは父親が大好きで幼いころから父親と一緒に馬の世話をしてきた。高校生になり、馬の利き脚と性格の関係を研究し始める。地域の農家を訪れ、データを集め、何カ月もの間、午前3時に起き、夜中に寝る生活を続ける。

投げだしそうになるたびに、父のことを思った。父は愚痴をこぼしたことがなかった。わたしだって。

しかし、キャトリンを不幸な事故が襲う。

このほか、先住民居留地のボロボロのトレーラーに住む少年が喘息の妹のために廃車のラジエーターと太陽光を利用した暖房器具を開発する「ゴミ捨て場の天才」、女優志望の美少女が一転して蜂の研究に没頭する「イライザと蜂」、ハンセン病と診断された少女が偏見と誤解をなくそうと奮闘する「わたしがハンセン病に?」など内容はバラエティに富んでいる。どれも読むと、前向きになり、勇気が出てくる。「理系の子」というタイトルからは理系の難しい内容を思わせるが、ジュディ・ダットンは研究の説明は最小限にして少年少女たちのドラマを構成している。むしろ文系の子に読んでもらいたい内容だ。

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「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

「鳥類学者 無謀にも恐竜を語る」

恐竜が鳥類の先祖という説が一般に広まったのはマイクル・クライトン「ジュラシック・パーク」(1990年)が出版された時だろう。それは単なる一説だろうと当時は思ったが、本書の序文によると、今では「鳥類が恐竜から進化してきたことを疑うことは容易ではない」ということになっているそうだ。

鳥類学者の立場から恐竜をプロファイリングした本。恐竜の種類や生態、鳥類との共通点、白亜紀の絶滅(鳥類が子孫であるなら絶滅はしていない)に至るまでを語り、最後まで楽しく読める。その大きな要因は著者が至るところにユーモアを織り込んでいるからだ。それは本文中だけでなく。脚注にもある。例えば、著者は「鳥類が恐竜から進化したと考える以上、羽毛恐竜の発見は想定内だった」と書いた上で、脚注にこう書く。

かくいう筆者は先ほどまで使っていたはさみを見失い、潤滑剤の雄、KURE5-65をあったはずと思いつつも発見できずに4本も買い直すような人間である。そんな私が、この発見を想定内とするのは確かにおこがましい。心から謝りたい。

あるいは以下のような部分。

鳥の最大の特徴は、空を飛ぶことだ。飛べない鳥もいるじゃないか、なんて指摘は盛り下がるばかりなので、問答無用で門前払いである。

著者のプロフィルに生年が書いてないので年齢は分からないのだが、森林総合研究所の主任研究員という肩書きとReaD&Researchmapにある写真から見て30代だろうか。その割にはギャグがいちいち、こちらの好みに合っている。同じ年代かと思うほど。

もっとも著者はそうしたユーモアに関することばかり褒められてもあまり嬉しくないかもしれない。付け加えておくと、というかこっちが本筋だが、この本は恐竜に関して少しは知識があると思っていたこちらの考えを見事に打ち砕いてくれた。プテラノドンなどの翼竜や首長竜は系統的には鳥類や恐竜とはまったく異なるものなのだそうだ。おまけにその翼竜が四足歩行もしていたなんてまったく知らなかった。翼竜が空を飛ぶための皮膜より鳥類の羽毛がいかに優れているかも本書は詳しく教えてくれる。羽毛恐竜に関する調査研究はこの10年でかなり進んだそうだ。本書は最新の研究を踏まえた恐竜の全体像をつかむのに格好のテキストだと思う。

20代のころ、アイザック・アシモフの科学エッセイが好きでよく読んでいた。楽しく読みながら知識を深めさせてくれる本で、アシモフは当時、この種の読み物の第一人者だったと思う。この本はアシモフの科学エッセイに共通するものがある。著者は恐竜や鳥類に関するエッセイをもっと書くべきだと思う。どこかで連載してはどうだろう。

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「癌では死なない 余命宣告をくつがえした医師たちの提言」

「癌では死なない 余命宣告をくつがえした医師たちの提言」

「癌では死なない 余命宣告をくつがえした医師たちの提言」

ここ数日、風邪で病院に通っている。僕がよく行く病院は抗生剤の点滴をよくするところで、6年ほど前、生まれて初めてここで点滴を受けた。今回も既に3回、点滴を受けている。喉が真っ赤に腫れ、体内の白血球数も増加しているので、確かに抗生剤を打つと楽になるのだが、風邪を引くたびにこれを繰り返して良いものかどうか疑問を覚える。体がそれに慣れてしまわないか心配なのだ。

筋力トレーニングの本をよく読んでいた時、筋肉の発達のためには成長ホルモンの分泌が欠かせないのを知った。筋トレをすると、筋肉が傷む。成長ホルモンは傷んだ筋肉を修復し、以前より強い筋肉に成長させる(これを超回復と言う)。成長ホルモンは午後10時から午前2時ごろまでの間に分泌されるが、これを人工的に注入して筋肉を成長させる方法もある。しかし、これが勧められないのは体から成長ホルモンの分泌が少なくなるからだそうだ。恒常的に外部から与えられると、自分で作る力が弱まってしまうのだという。

同じことは病気の時にも言えるのではないか。軽い風邪なら、睡眠と休息をしっかり取れば、本来は体の免疫機能で治る。それを病院に頼って薬で治療すると、体がそれに慣れてしまい、免疫がうまく働かなくなるのではないか。そんな気がしている。こういうことを考えたのは2カ月ほど前に読んだ「癌では死なない」を思い出したから。本書の第2章「腸をきれいにすれば癌が消える」には免疫機能の重要さと、どうすれば免疫を高められるかが書いてある。

われわれの体の中には毎日3000個から数万個の癌細胞が発生している。なのに癌にならないのは免疫機能が働いているからだ。免疫の70%は小腸に、10%は大腸にあり、腸全体で80%の免疫が集中している。だから腸を健康にして免疫機能が正常に働くようにすれば、癌だけでなく他の病気も防げるというわけだ。

腸を健康にするにはどうすればいいのか。著者が挙げているのは(1)食物繊維をたっぷり摂る(2)良質な油を摂る(3)水分を摂る(4)酵素の多い食物を食べる(5)体を温める-の5つ。それとダイエットと同じで低GI食品を心がけた方がいいという。GI(グリセミック・インデックス)は炭水化物の吸収速度を表す指標。血液中に増えた糖は細菌のえさになる。菌が増えれば、マクロファージや好中球が食べてくれるが、この武器は活性酸素のため、正常細胞を傷つけてしまい、癌のリスクが高まるのだそうだ。

つまり癌を防ぐには、ゆっくりと血糖値が上がり、しかもエネルギーになって脳の栄養にもなる低GI食品を積極的に摂ることが重要なのである。これは癌の治療中も同様だ。

このほか、「マーガリンとサラダ油を摂りすぎない」「酸化した油を摂らない」「甘い食物が活性酸素を増やす」などの注意事項が書いてある。ダイエット同様、食生活、生活習慣の改善が癌の予防になるわけだ。

本書の著者はジャーナリストの稲田芳弘、医師の鶴見隆史、理学博士の松野哲也。外科治療と抗癌剤、放射線療法、早期発見早期治療への疑問を提示している。癌で死ぬよりも重大な副作用がある抗癌剤死が多い現実や抗癌剤で癌は完全にはなくならず、最終的には体の免疫機能がカギを握ることが分かりやすく書いてある。本書の内容を過信してはいけないのだろうが、確かに免疫は高めておいた方がいいという気持ちになる。食生活の改善はすべての病気への対処法になるのだろう。

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「ヒトは脳から太る」

「ヒトは脳から太る」

「ヒトは脳から太る」

早食いはなぜ肥満につながるのか。僕は早く食べることによって血糖値が上がる前に量を食べすぎるためと思っていた。人は血糖値が上がることによって満腹感を感じる仕組みになっているからだ。たいていのダイエット本にもそう書いてある。この考え方なら、一定量を食べる限り、早く食べても遅く食べても太り方は同じはずだ。

ところが、本書には「摂食量を同じにしても早食いの方が肥満傾向にある」と書いてある。なぜか。「早食いのときは、脳内にドーパミンやオレキシンが活発に分泌されて、体は貪欲にカロリーを取り込み、ため込むモードになって」いるからだそうだ。

これを裏付けるものとして、成人男子に糖尿病検査で使われる糖負荷テスト用の糖質液を飲んでもらう実験を紹介している。1回目は速やかに血糖値が上昇したが、2回目の上昇は1回目の半分、3回目には上昇しなかったという。被験者はこのブドウ糖液を飲むのが嫌になったのだそうだ。

糖の吸収はおいしいとか飲みたいといった前向きの気持ちがあるかないかで大きな影響を受けるということです。まずいな、いやだなと思いながら食事をするとカロリー吸収は抑えられるが、おいしそう、食べたいな、という前向きの気持ちで食べると、体はそれに反応して、積極的に吸収しようとするのです。

もう一つ、太らないためにはものを良く噛んで食べることが推奨される。これも血糖値の上昇速度と絡めて説明されることが多いが、この本はラットでの実験から「唾液や水分でドロドロになったものは、固形物のまざったつぶつぶのものよりも、飲み込んだあとは血糖値の上昇が小さい」としている。消化管は固形状のものが入ってくると、頑張って消化吸収しようとするのだという。

同じ量、カロリーのものを食べてもドロドロの状態の方が吸収は少ないという意外な結論だ。普通、よく噛むのは消化吸収を助けるためと言われるが、それとはまったく逆の結論なのである。だからカロリーを吸収しにくくするためには良く噛んでドロドロの状態にしてから飲み込んだ方がいいというわけ。

この2つの指摘が僕には面白かった。本書のサブタイトルは「人間だけに仕組まれた“第2の食欲”とは」。お腹いっぱいなのにデザートを食べてしまう別腹の説明など前半は脳と食欲の関係が中心、後半はダイエットに必要な知識と食全般について書いてある。具体的なダイエット法はないが、朝バナナダイエットのようにこうすれば痩せると決めつけるようなダイエット法がいかに間違っているかがよく分かる本である。ダイエットに関心のある人は読んでおいて損はない。

著者の山本隆は畿央大学大学院健康科学研究科教授。

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「大人の時間はなぜ短いのか」

「大人の時間はなぜ短いのか」

「大人の時間はなぜ短いのか」

最初の方に錯視・錯覚の説明が出てくるので、大人が時間を短く感じるのは錯覚のためという当たり前の結論の本かと思えるが、本書の主眼はその錯覚のメカニズムを説明し、時間の有効な活用法を提示することにある。

読んでいておっと思ったのは年を取るにつれて時間の進みが速く感じられる要因の一つが身体的代謝の低下であるという指摘。人間の心的時計(内的時計)はさまざまな要因によって進み方を変えるそうで、その一つが代謝機能の活性度なのだという。代謝の活発な子供は心的時計の進行速度が速く、時間を長く感じるが、代謝の衰えた大人は物理的時計の進行速度よりも心的時計の進行が遅くなっている。だから相対的に1日、1週間、1年がすぎるのが速いと感じるわけだ。アリの時間とゾウの時間は違うというよく言われることが、本書の中でも紹介されている。年を取っても体が若く、代謝の活発な人は時間を短く感じることが少ないのかもしれない。

そういえば、20年以上前に読んだロバート・L・フォワードのハードSF「竜の卵」は中性子星上に住む体長3ミリの知的生命体が1カ月の間に文明を開化させ、人間の科学レベルを追い抜くという話だった。この小説の場合は0.2秒で1回転し、670億Gというとんでもない重力の星に生きる生物だったから、体長の大きさや代謝の活性度だけが時間を加速しているわけではない。

代謝のほかに時間の経過を速くしたり遅くしたりする要因は、感情や時間経過への注意、空間の広さ、脈絡やまとまり、難しい課題など多くある。また精神のテンポは人によっても異なる。人は自分のテンポと違ったテンポを強制されると、ストレスを感じる。福知山線の脱線事故のように1分1秒刻みのスケジュールに長時間さらされると、事故の危険が大きくなる。昼夜逆転のような太陽の周期から外れた生活は睡眠障害や鬱病、メタボリック症候群などの問題を引き起こす。

現代のように世界規模で経済活動が展開しているような状況では、生活の時間を均一化しようという圧力は絶えない。私たちは、自分自身や他者の時間的制約についてもう少し考慮し、時間の均一化が私たちの心身や社会における深刻な問題を引き起こすような極端な状況にならないよう工夫すべきなのだろう。

という指摘はもっともだと思える。これは会社や組織における人間性を無視した効率化一辺倒のシステムへの警鐘でもある。効率追求の社会は人間性とは相容れず、破綻を招くのだ。物理的時計と精神テンポに大きなずれがないようなシステムが望ましいのだろう。

著者の一川誠は宮崎県で生まれ、大阪府で育った。専門は実験心理学で、現在、千葉大学文学部行動科学科准教授。

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