「大人の時間はなぜ短いのか」

「大人の時間はなぜ短いのか」

「大人の時間はなぜ短いのか」

最初の方に錯視・錯覚の説明が出てくるので、大人が時間を短く感じるのは錯覚のためという当たり前の結論の本かと思えるが、本書の主眼はその錯覚のメカニズムを説明し、時間の有効な活用法を提示することにある。

読んでいておっと思ったのは年を取るにつれて時間の進みが速く感じられる要因の一つが身体的代謝の低下であるという指摘。人間の心的時計(内的時計)はさまざまな要因によって進み方を変えるそうで、その一つが代謝機能の活性度なのだという。代謝の活発な子供は心的時計の進行速度が速く、時間を長く感じるが、代謝の衰えた大人は物理的時計の進行速度よりも心的時計の進行が遅くなっている。だから相対的に1日、1週間、1年がすぎるのが速いと感じるわけだ。アリの時間とゾウの時間は違うというよく言われることが、本書の中でも紹介されている。年を取っても体が若く、代謝の活発な人は時間を短く感じることが少ないのかもしれない。

そういえば、20年以上前に読んだロバート・L・フォワードのハードSF「竜の卵」は中性子星上に住む体長3ミリの知的生命体が1カ月の間に文明を開化させ、人間の科学レベルを追い抜くという話だった。この小説の場合は0.2秒で1回転し、670億Gというとんでもない重力の星に生きる生物だったから、体長の大きさや代謝の活性度だけが時間を加速しているわけではない。

代謝のほかに時間の経過を速くしたり遅くしたりする要因は、感情や時間経過への注意、空間の広さ、脈絡やまとまり、難しい課題など多くある。また精神のテンポは人によっても異なる。人は自分のテンポと違ったテンポを強制されると、ストレスを感じる。福知山線の脱線事故のように1分1秒刻みのスケジュールに長時間さらされると、事故の危険が大きくなる。昼夜逆転のような太陽の周期から外れた生活は睡眠障害や鬱病、メタボリック症候群などの問題を引き起こす。

現代のように世界規模で経済活動が展開しているような状況では、生活の時間を均一化しようという圧力は絶えない。私たちは、自分自身や他者の時間的制約についてもう少し考慮し、時間の均一化が私たちの心身や社会における深刻な問題を引き起こすような極端な状況にならないよう工夫すべきなのだろう。

という指摘はもっともだと思える。これは会社や組織における人間性を無視した効率化一辺倒のシステムへの警鐘でもある。効率追求の社会は人間性とは相容れず、破綻を招くのだ。物理的時計と精神テンポに大きなずれがないようなシステムが望ましいのだろう。

著者の一川誠は宮崎県で生まれ、大阪府で育った。専門は実験心理学で、現在、千葉大学文学部行動科学科准教授。

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「大人の時間はなぜ短いのか」」への2件のフィードバック

  1. 45

    わあー、まだ火曜日かぁー、と思っているので代謝は活発なのですが、体内時計が狂いがちなので、ずれずれですね。

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