山際淳司さんも「パック・イン・ミュージック」を聞いていたのかもしれない。本書に収録された「たった一人のオリンピック」を読んでそう思った。野沢那智&白石冬美の深夜放送「パック・イン・ミュージック」で「ボートの津田」が話題を呼んでいた頃、よく聞いていた。津田選手はある日突然、「オリンピック選手になろう」と決意して実際にボートのシングル・スカル日本代表になってしまった。恐らく津田選手の友人の投書が発端だったのだろうが、津田選手の話題は断続的に続いていった。よほど運と才能に恵まれた人なのだろうな、と当時は思っていた。
本書を読んで、それが誤解であったことが分かった。いくら競技人口の少ないボートでも、いくら体格に恵まれていても、それだけでオリンピック選手になれるはずはないのだ。津田選手はアルバイトしをながら20代の後半をボートの練習に捧げる。念願のオリンピックの代表になるが、モスクワオリンピックへの参加を日本政府はボイコットしてしまう。
有名な「江夏の21球」をはじめ8編のスポーツノンフィクションを収録してある。表題作の「スローカーブを、もう一球」は進学校の群馬県立高崎高校が関東大会を勝ち進んで、センバツ甲子園に出場する話。甲子園出場なんて予算も考えもしなかった高校の奮闘は高橋秀実「弱くても勝てます」を彷彿させる。いや、「弱くても勝てます」はこの作品の影響もあるのではないかと思ってしまう。バッティング投手を取り上げた「背番号94」、小柄な棒高跳び選手を描く「ポール・ヴォルター」も心に残る。
「ポール・ヴォルター」の中で山際さんはこう書いている。
ふと思い出した台詞がある。
ヘミングウェイが、ある短編小説の中でこんな風にいっているのだ。
「スポーツは公明正大に勝つことを教えてくれるし、またスポーツは威厳をもって負けることも教えてくれるのだ。
要するに……」
といって、彼は続けていう。
「スポーツはすべてのことを、つまり、人生ってやつを教えてくれるんだ」
悪くはない台詞だ。
「競馬は人生の比喩だ」と言った人がいる。競馬に限らず、スポーツは人生の比喩なのだろう。山際さんのノンフィクションはそれに加えて選手の人生の断面を鮮やかに切り取っている。30年以上前の作品だが、まったく古びていない。それどころか、今も輝きを放っている。当然のことながら、社会風俗は古びても人の考え方は古びないのだ。
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