書店で「現代<死語>ノートⅡ」(岩波新書)という本を見つけた。著者は、おお、好きな小林信彦ではありませんか。迂闊にも知らなかっ たが、3年前に第1作「現代<死語>ノート」も出版されていたのだった。これは<死語>によって眺める現代史-という趣の本で、 雑誌「世界」に連載されたのだそうだ。第1作は「もはや戦後ではない」の1956年から1976年まで、今回出版された第2作に1977年から1999年 までと、1945年から1955年までが「ボーナスノート」として収録されている。これによって戦後の死語が概観できる内容となった。
死語を紹介するだけなら、「現代用語の基礎知識」でもできるだろう。この本が面白いのは作者のコメントに確かな視点があるためである。優れた批評家で作家の小林信彦だから当たり前なのだが、例えば、こんな具合だ。
<お呼びでない>1963年(昭和38年)これも植木等の十八番で、テレビの「シャボン玉ホリデー」から出た流行語。
<お呼びギャグ>は活字では説明しにくいが、例えば、アイドル歌手だった布施明のところに女の子が「フセ! フセ!」と殺到する。そこに迷彩 服を身にまとった兵士(植木等)が匍匐前進で現れて、「伏せー、伏せー」と女の子を叱り、場違いなのにハッと気づいて、
「お呼びでないね?」
と念を押す。
「お呼びでない。……こりゃまた、失礼いたしました!」
さっと姿を消すと同時に、全員がその場に倒れる。
ギャグから発した言葉だが、会社で、「おれ、お呼びでないな」といった風に使われ、今でも使う人がいる。
<リゾート法>1988年(昭和63年)大規模なリゾート建設を促進する法律で、前年6月9日に公布、施行。この年になって五県の構想が承認された。正式名称は<総合保養地域整備法>。
こういううさんくさい法はたちまち公布される。リゾートを作る企業を<税制・金融面で優遇>し、<国立公園を含む国有林野や農地の開発 規制を緩和する>というと、もっともらしいが、リゾートを<ゴルフ場とそれ用のホテル>と考えれば、狙いはきわめて分かり易い。
自然破壊が法によって保護され、地方の地価が高騰する惨状になった。
こういう感じで多数の死語が取り上げられている。<お呼びでない>は小林信彦が詳しい60年代のテレビ界から出た言葉だから、解説も詳 しいのは当然だろう。このほか、<ガチョン>とか<つぎ、いこう!><なんである、アイデアル><奥歯ガタガ タいわしたろか>など面白い。政治、風俗に関する死語についてのコメントも的確で、著者の反骨精神を見せつけられる。リゾート法については僕の考え方と同じなのでうれしくなった。
これは死語というよりも「流行語から見た世相の変遷」を描いた本と見ていいだろう(本の扉には「同時代観察エッセー」とある)。著者も本の中で書い ているが、バブル期以降の日本はなんとひどい状況になったことか。特に阪神大震災以降は暗い話題ばかりが先行してきたことを改めて確認できた。鋭い批評と いうのは、こういう本のことなのだと痛感する。「日本の喜劇人」「世界の喜劇人」という名著を書いた小林信彦だから書けた本で、抜群に面白く、資料的価値 も高い。必読の1冊でしょう。