「仮想儀礼」

「仮想儀礼」

「仮想儀礼」

上巻469ページ、下巻445ページ。この長さにもかかわらず、退屈させずに最後まで読ませる。久しぶりに篠田節子の小説を読んで思ったのはやっぱりリーダビリティーのある作家だなということだ。僕にとっての篠田節子は直木賞を受賞した「女たちのジハード」などではなく、新型日本脳炎ウイルスが猛威を振るう「夏の災厄」やホラーの「絹の変容」「神鳥 イビス」の方だったりするが、どれを取っても読みやすく、引き込まれる小説なのは同じだ。

「仮想儀礼」は金儲けのために男2人がでっちあげた新興宗教団体の繁栄と没落、カルト化を描く。プロットとしてはそれだけで、筆力のない作家が書いたら、よくある話というだけの小説になっていただろう。篠田節子はこのプロットに沿いながら、たくさんのエピソードと描写を重ね、まず細部で読ませる。

都庁に勤めていた鈴木正彦はゲーム会社の矢口誠に誘われて都庁を辞め、5000枚の原稿を書くが、会社は倒産。妻からは離婚され、生活のあてもないときに、行方をくらました矢口と偶然再会し、金儲けのために新興宗教団体・聖泉真法会を設立する。教義の元になったのは正彦が書いた原稿「グゲ王国の秘宝」だ。ホームページを開設すると、信者は徐々に増え、食品会社の社長がバックに付いてから飛躍的に伸びて、5000人の信者を抱えるようになる。

という前半はトントン拍子に話が進みすぎて、これはコメディかと思ってしまうが、下巻に入ってすぐに没落が始まる。怪しげな会社と宗教団体に近づいたのが運の尽きで、マスコミから叩かれ、脱税で摘発されて、世間的な信用を失う。残ったのはかたくなに教義を信じる女性信者数人。信者の兄に代議士の息子がいたことから、聖泉真法会は徹底的に迫害され、正彦たちは逃走。その過程で女たちがカルト化を推し進めることになる。

こういう宗教団体を描くなら、信者の立場から教祖の嘘くささを告発するのが一般的ではないかと思うが、正彦は最後まで常識人だ。自分が教祖のはずなのに、女性信者たちの信仰が先鋭化し、その暴走を止められなくなってしまうのだ。教義を狭く理解すると、その宗教は世間一般の常識からかけ離れてカルト化する。その過程をじっくり描いて読み応えがある。無条件に信じることは危険なのだろう。先鋭化するのは信仰だけではない。カンボジアのポル・ポト政権のように主義を額面通りに推し進めると、何百万人もの民間人を虐殺する極端なことになってしまう。篠田節子は「ゴサインタン 神の座」でもそうした先鋭化した国の悲劇を描いていた。

この小説は面白かったけれども、著者が篠田節子でなかったら、まず手に取らなかっただろう。こういう一般小説もいいが、たまにはSFも書いて欲しいと思う。

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