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「扉は閉ざされたまま」

「扉は閉ざされたまま」

「扉は閉ざされたまま」

「扉は閉ざされたまま」は昨年の「このミス」2位。1位の「容疑者Xの献身」論争時によく引き合いに出されていたので興味を持っていた。新書で200ページほどなのでスラスラ読める。「X」同様、犯人側から描いた倒叙ミステリーなので叙述トリックがあるのではと疑ったが、違った。犯人が構築した密室完全殺人を名探偵役の女が緻密で鋭い推理によって突き崩していくシャープな本格もの。「刑事コロンボ」のようだと思ったら、二階堂黎人も日記にそう書いていた。

名探偵対名犯人という構図は「X」に共通するけれど、探偵役の碓氷優佳がとても魅力的なのが作品を支えている。犯人の伏見亮輔とは学生時代に恋仲になりそうになったが、伏見は「冷静で熱い」自分と「冷静で冷たい」優佳とが基本的に合わないことを悟り、その後、距離を置くようになった。優佳はどんな状況でも自分を見失わない理性的な人間なのである。この2人の関係がラストまで続いているのがいい。

この作品で問題になるのは動機の弱さだろう。「X」が切実な動機であったのを考えると、そこが「このミス」で1位にならなかった要因のように思える。(僕には不要に思えたけれど)「X」のように泣かせの部分もない。しかし、すっきりとした本格ミステリを読みたい人にはお勧め。

書評家の杉江松恋は「杉江松恋は反省しる!」で、amazonのユーザーレビューに「デスノートの模倣」と書かれていることを紹介している(正確にこのレビューを引用すれば、「犯人像や、犯人vs探偵の心理戦は漫画『デスノート』の安易な模倣としか思えない」)。

杉江松恋はこれについて「犯人と探偵の対決という趣向がミステリーファンには見慣れたものであるという常識が共有されていないから、こういう頓珍漢なことが起きるのでしょうね」と書いている。漫画を基準に置いちゃいけませんよねえ。

「輝く断片」

「輝く断片」

「輝く断片」

休みだが、風邪で体がだるいので、映画には行かず、昨日届いた「輝く断片」(シオドア・スタージョン)を読む。8編が収録されており、最初の2編は昨日、寝る前に読んだ。最初の「取り替え子」は遺産相続に赤ん坊が必要だった若い夫婦が川で赤ん坊を拾う話。その赤ん坊は取り替え子(赤ん坊と入れ替わった妖精)で大人のような口をきく。この描写を読んで、「ロジャー・ラビット」に出てきた赤ん坊ベイビー・ハーマンを思い出した。ああいう乱暴な口をきくのである。気楽に読めたのはこれと次の「ミドリザルとの情事」までで、あとは(特に後半の4編は)切なく重い話である。

最後に収録された表題作は世間から用なしと思われている50代の男が通りで瀕死の重傷を負った女を見つけ、アパートに連れ帰って懸命に看病をする話。傷口の描写が細かいので、もしかしてこれはネクロフィリア(死体愛好症)の男の話かと思えてくるが、やがて女は意識が戻る。男にとっては女の世話をすることが生き甲斐になる。生来の醜い容貌で親からも見捨てられ、軍にも入れてもらえず、同僚からもバカにされる男にとってこの女は人生の輝く断片(Bright Segment)なのだ。自分が必要とされている存在であることを自覚できるからだ。「シン・シティ」のマーヴ(ミッキー・ローク)を思わせる主人公はマーヴ以上にあまりにも空虚な人生を送っており、その絶望的な孤独感が悲しい。

社会に不適格な主人公という設定は「ルウェリンの犯罪」「マエストロを殺せ」「ニュースの時間です」にも共通する。「マエストロを殺せ」の主人公も醜い容貌という設定である。こうした主人公の設定には不遇の時代が長かったというスタージョンの人生が反映されているのかもしれない。帯に「シオドア・スタージョン ミステリ名作選」とあり、「このミス」の4位にも入ったが、この短編集をミステリとして読む人は少ないのではないか。

大森望の解説を読むと、「輝く断片」はミステリマガジンの1989年8月号(400号記念特大号)にリバイバル掲載されたとある。僕はこの号を買っているはず。普段は雑誌掲載の短編を読まないとはいっても、記念特大号には名作・傑作が収録されているのでいくつかは読む。それでも読んでいないということは当時は食指が動かなかったのか。ちなみにミステリマガジンは2月号がちょうど600号。記念特大号の特集は3月号で2005年ミステリ総決算と合わせてやるらしい。

「クライム・マシン」

「クライム・マシン」

「クライム・マシン」

「このミス」1位、文春2位に入ったジャック・リッチーの短編集。冒頭に収められた表題作は殺し屋の男の前にタイムマシンを発明したという男が現れ、殺人現場を見たと脅迫される話。1件だけならともかく3件の殺人現場について詳細に話すので、殺し屋は男の言葉を信用するようになる。そして25万ドルでタイムマシンを買い取ることにする。SFではないので、ちゃんと合理的な説明があり、ひねったストーリーが面白い。

本書には17編の短編およびショートショートが収録されている。特に前半に収められた「ルーレット必勝法」「歳はいくつだ」「日当22セント」はどれも巧みなストーリーテリングが光る傑作だと思う。個人的に面白かったのはショートショートの「殺人哲学者」で、最後のオチが秀逸。ショートショートのお手本みたいな話である。

巻末に収められた解説によれば、ジャック・リッチーは生前に350の短編を書いたが、アメリカでも生前に本にまとめられたのは1冊だけ。その1冊は映画「おかしな求婚」(1971年、エレイン・メイ監督)の原作となった短編を含む作品集で、映画公開に併せて編まれたものという。雑誌に掲載された短編を僕はあまり読まないが、こうした都会的なセンスにあふれたうまい短編集は時々読みたくなる。シオドア・スタージョン「輝く断片」も注文しようか。

「容疑者Xの献身」

「こ のミス」と週刊文春で1位になった東野圭吾のミステリ。僕はこの小説を読んで、まずトリックが先にあって、それに沿った容疑者を設定したのだろうと思った。このトリックを成立させるためには容疑者のキャラクターが、トリックを行うのに不自然に思わせないものであることが必要だからだ。ここまでやるキャラクターに説得力を持たせることが要求されるのだ。しかし、東野圭吾は「このミス」のインタビューで、「少なくともトリックが先ということは絶対にありません」と語っている。「最初に作るのはキャラクターや世界観ですね。今回で言えば、まず湯川を長編で使うという前提と、さらにその強敵を設定する、ということが大きかったですね」

容疑者側が天才なら探偵側も天才。本格ミステリにぴったりの構図である。こうした設定の下、東野圭吾は容疑者、というか事件の隠蔽に尽力する高校教師に筆を割く。思いを寄せる女が発作的に犯した殺人を隠蔽するために天才的な高校の数学教師・石神が協力する。事件を捜査する刑事・草薙の友人で天才的な物理学者の湯川学はその石神と大学時代に親しかった。石神が怪しいとにらんだ湯川は推理を働かせる。

よくできた本格ミステリで1位にも異論はないが、ぜいたくを言えば、もっと石神のキャラクターを掘り下げた方が良かったと思う。キャラクターよりもまだトリックの方が浮いて見えるのだ。社会に認められなかった天才数学者の悲哀をもっと掘り下げれば、小説としての完成度をさらに高めることができたのではないかと思う。これの倍ぐらいの長さになってもかまわないから、そうした部分を詳細に描いた方が良かった。一気に読まされてある程度満足したにもかかわらず、そんな思いが残った。

「ジェシカが駆け抜けた七年間について」

今年2月に出た本。「葉桜…」よりは薄いのですぐに読める。マラソンの女子選手がホテルで自殺する。その選手、アユミ・ハラダは監督のツトム・カナザワの子供を妊娠したが、中絶させられ、マラソン選手として走れない体になっていた。自分を捨てた監督への恨みを抱えたままの自殺だった。アユミと同じクラブに所属していたエチオピア人のジェシカ・エドルは監督に強い復讐心を抱く。

というのがプロットだが、やはり仕掛けのある話で、この紹介の仕方にもミスリーディングがある。「葉桜…」のような大仕掛けではないので、見劣りはするが、よくまとまった話と思う。マラソン競技への取材も行き届いており、読んで損のないミステリ。