月別アーカイブ: 2009年5月

「ユダヤ警官同盟」

「ユダヤ警官同盟」

「ユダヤ警官同盟」

「とてつもないミステリ、上陸」と大書されたオビには「ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞三冠制覇」ともある。SFの主要な賞を制覇したうえに、2008年のエドガー賞(MWA最優秀長編賞)の最終候補にも残ったそうなのである。だからSF、ミステリの両方にアピールするこういうオビになったのだろう。もっとも、エドガー賞最終候補(MWAホームページ参照)の中には「川は静かに流れ」があったので、受賞できなかったのは当然と思う。

僕はミステリとしてよりもSF3賞受賞作のつもりで読んだ。2007年、アラスカの太平洋岸に近いバラノフ島が舞台。ここは第二次大戦前にドイツで迫害を受けたユダヤ人を受け入れる土地としてアメリカが用意したが、1948年、イスラエルが建国後3カ月で崩壊したために大量の難民が流入し、人口300万人を超えている。島はユダヤ人自治区となり、シトカ特別区と呼ばれている。こうした架空の設定の下、ホテルで薬物中毒の男が殺害される事件が起きる。同じホテルを定宿にしていた酒浸りの殺人課刑事マイヤー・ランツマンが事件の捜査を始める。

設定はSFだが、SF的なアイデアの発展はない。ミステリとして優れているわけでもない。オビに書いてあるようなハードボイルドでさえない。おまけに100ページ読んでも面白くならない。上巻を読み終わっても面白くなく、下巻に入って少し面白くなったかという程度。これはこちらのユダヤ人(問題)に対する知識が不足しているためもあるだろうが、エンタテインメントを期待して読むと、途中で放り出す人がいるのではないか。ユダヤ人向けの小説なのだと思う。

下巻が面白くなるのは主人公が危機に陥るのと、殺人事件の背景、聖地に帰ろうとするユダヤ人たちの動きが出てくるからだが、これも大きく盛り上がるわけではない。タイトルの「ユダヤ警官同盟」とはユダヤ人警官のための国際的な友誼団体エサウの手のこと。この団体の会員証には捜査上の権限など何もないが、銃撃事件で停職となり、警察バッジを取り上げられた主人公は捜査のためにバッジ代わりとして苦し紛れに使うのだ。だから内容に深く関係しているわけではない。

あとがきを書いている訳者の黒原敏行は同じような歴史改変SFの例としてフィリップ・K・ディック「高い城の男」、思考実験のSFとして小松左京「日本沈没」を挙げている。僕はこの2冊のどちらも面白かった。特に前者はナチス・ドイツが勝った世界を舞台にストーリーが進行しながら、終盤に主人公が世界の揺らぎを感じる場面(ナチスが負けた世界を見る場面)があって、いかにもSFだった。ディックだから当たり前である。

作者のマイケル・シェイボンは元々は純文学作家でピューリッツアー賞も受賞しているが、純文学にとどまらず、境界侵犯的(トランスグレッシブ)小説を書いているという。本書もSFとミステリに境界侵犯した本。個人的には境界侵犯の仕方が足りないと思う。純文学的側面が優れているとも思えない。ミステリで純文学なら、ケム・ナンのあの瑞々しい傑作「源にふれろ」ぐらいの充実度が欲しくなる。SF3賞受賞もユダヤ人の力が働いたためではないかと思えてくる。

ジョエル&イーサン・コーエン兄弟が映画化の予定とのことだが、IMDB(The Yiddish Policemen’s Union )にも詳しい情報はなく、まだ計画段階。公開は2010年以降になるらしい。

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「B型の品格 本音を申せば」

「B型の品格 本音を申せば」

「B型の品格 本音を申せば」

鹿児島のOさんと電話で話していて、「出ましたね」と教えられた。週刊文春の連載エッセイ「本音を申せば」をまとめた小林信彦のこの本をOさんも毎年楽しみにしているのである。昼休み時間に会社のそばの大きな書店で探した。エッセイコーナーにあるだろうと見当を付けていたが、なかなか見つからない。他のコーナーも探し、再びエッセイコーナーに戻ってようやく見つけた。平積みになっていても、本が多いとなかなか見つからないのだ。大きな書店は何の目的もなくふらりと入って、たくさん並んでいる中から本を選ぶ楽しみはあるが、目当ての本を探す時には時間がかかる。こういう時、amazonに頼もうかと思ってしまう。 書店には検索機械もあったが、触っても反応しなかった。僕の操作の仕方が悪かったのか。

僕にとって小林信彦のエッセイを読む楽しみは自分の映画の見方が大丈夫かどうかを確認することにある。リアルタイムで週刊誌の連載を読んでいれば、映画観賞ガイドとしての機能もあるのだろうが、1年分をまとめて読む場合は前年に公開された映画の見方の確認が主な役割となるのだ。

内田けんじの「アフタースクール」について小林信彦はこう書いている。

ラストで、パズルのピースがみごとにはまり、全体の図(ストーリー)が完成したとき、なるほど、こういう話だったのかと感心した。<頭を使った脚本>ではあるが、それだけではない、ほのぼのとした味がある。

自分がどんな感想を書いたか気になったので、Sorry, Wrong Access: 「アフタースクール」を読み直してみる(元はmixiに書いた日記をコピーしたもの)。

個人的には大技に比べて、終盤の展開はややドラマ的に弱く、少しバランスが取れていない感じを受けた。ドラマ的な弱さは構成と関係してくるので難しいのだが、ここをもっと強化すれば、映画は完璧になっただろう。ただし、内田けんじ監督の良さはこういう軽いほのぼの感にあるのだと思う。

まあ、「ほのぼの」が一致しているのでいいだろう。しかし、この本で取り上げられたこれ以外の映画はほとんど見ていない。「接吻」「相棒 劇場版」「ICHI」「その土曜日、7時58分」など。これはDVDを借りてみようと思う。特に「接吻」が見たい(これと「その土曜日、7時58分」は宮崎映画祭で上映するけど)。ニコール・キッドマン主演で劇場公開はされなかった「マーゴット・ウェディング」も見たいと思った。

タイトルのB型に品格に関しては5回に分けて書いてある。僕は血液型による人の分類は占い程度のものと考えている。血液型の本に書いてあることが当たってるように思えるのは大まかに当てはまることしか書いてないから。アメリカなら人種や民族で分けるところを、日本はほぼ単一民族だから、こういうもので分類しないと分けようがないのだろう。もし血液型で人のタイプが分類できるというなら、環境が異なるA型のエスキモーとA型のアボリジニが同じタイプだったというような統計的データを示してほしいものだ。小林信彦自身、「この連載のために、いま出ている血液型人間学の本をパラパラ見たが、こりゃダメだと思った。A型男性はこう、A型女性はこう、という風に決めつけているからだ」と書いている。まあ、それでもここで小林信彦が書いている自分の周囲や芸人の血液型に関するエピソードは読み物として面白い。

週刊文春の連載は映画のほかに政治、世相、東京のことなどを取り上げることが多く、本書のオビに書いてあるように「クロニクル(年代的)時評」の様相が濃かった。これまでに10冊出ている本もそうだったが、今回は映画に関する文章が多い。あとがきによれば、これは「某新聞に連載していた映画のコラムをやめて、新旧の映画のことが気をつかわずに書けるようになった」ためだそうだ。

【amazon】B型の品格―本音を申せば