月別アーカイブ: 2009年6月

「資本主義崩壊の首謀者たち」

「資本主義崩壊の首謀者たち」

「資本主義崩壊の首謀者たち」

広瀬隆の本を読むのは「眠れない話」以来か。その前に「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」「クラウゼヴィッツの暗号文」「億万長者はハリウッドを殺す」を読んでいるが、いずれにしても20年ぶりぐらいになる。かつては原発の危険性と言えば、広瀬隆が思い浮かんだ。最近は経済問題を中心に書いているらしい。Wikipediaによれば、2001年以降、原発関係の著作はないそうだ。

本書はアメリカのサブプライム・ローン問題に端を発する金融危機を「金融腐敗」と定義するところから始まる。ウォール街を牛耳る国際金融マフィアによって原油や穀物相場が左右される現状と、一部の富裕層が投機に興じて富を独占し、銀行と証券の兼業を許可するという愚かな政策を打ち出し、バブルが弾けて世界経済が崩壊した過程を解説している。

投機による虚業が蔓延したおかげでアメリカのAIGやGMやシティグループやゴールドマン・サックスが政府の監督下に入り、巨額の公的資金を投入された。著者はこの状況を見て、「どこから見ても、これは、資本主義のルールではありません。これら一連の『救済策』なるものは、まぎれもなく社会主義国家や共産主義国家のルールです」と書く。こうした事態を招いた戦犯は先物取引を盛んにさせ、投機屋の後ろ盾となったロバート・ルービンやローレンス・サマーズ、FRB議長を務めたアラン・グリーンスパンなどなど。彼らの施策が現在の世界的な恐慌を生む要因となったのだそうだ。

日本の資金は金利の高いアメリカの市場にどんどん流れていく。この流れを作ったのは日銀のゼロ金利政策にほかならない、という指摘には納得できる。アメリカの投資筋が狙っているものの一つに日本の郵便貯金があるそうで、かつての首相が嬉々として郵政民営化を構造改革などという名目で推し進めたのはアメリカの意思があったからにほかならない。この首相を「アメリカのポチ」と言ったのは小林信彦だったか。株が一瞬にして紙くずになるのと同様に、預金価値が政策によって一挙に下がってもおかしくない。金融機関に預けたお金など何の保障もなくなる恐れがある。預金したお金は金に換えておいた方が安全かもしれないなという思いを強くする。だいたい金融機関に預けていたって、金利などなきに等しいし、いつ銀行が倒産しても不思議ではないのだ。

真っ先に切り捨てられるタイタニックの三等船客にすぎない一般庶民はいったいどうすればいいのか。本書は金を狙ったハゲタカが跋扈するアメリカの金融業界の構造を解き明かし、ドル暴落に備えて日本のアメリカ中心主義からの方向転換を提言する。多数引用されているニューヨークタイムズの風刺漫画を評価しすぎている感じがないでもないが、読後、無力感に襲われる本である。

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「医者がすすめる背伸びダイエット」

「医者がすすめる背伸びダイエット」

「医者がすすめる背伸びダイエット」

一昨年から昨年にかけてダイエット本はかなり読んだ。食事改善とウオーキング、スロートレーニングの併用によって体重は落とせたので今はダイエットに関しては一段落しているが、書店で面白そうなダイエット関連の本を見つけると、つい買ってしまう。著者の佐藤万成(かずなり)は新潟市内の開業医で、ダイエット外来を開いている。世の中には怪しげなダイエット法がたくさんあるが、医師の本なら信用できるだろう。

手軽な方法でダイエットを考えている人にこの本は最適だ。朝昼晩1分間の背伸びをすることで体脂肪を落とせるという内容。1回10分週3回のスロートレーニングより手軽だし、背伸びは気持ちが良い。ダイエットに失敗し続けている人でもこれなら続くのではないか。

なぜ背伸びがダイエットにつながるのか。本書のオビにはこう要約してある。

背伸びをすると…
腹筋が引き締まる
骨盤のゆがみが取れる
血流がよくなる
便秘が解消される
腰痛が改善される

基礎代謝量が上がって体脂肪が減っていきます。

背伸びするだけで本当にこんな効果があるのかと思ってしまうが、書いてあることは真っ当だ。著者は「ダイエットの基本中の基本は基礎代謝量を上げること」と書く。基礎代謝量を上げるのならスロートレーニングによって筋肉量を増やすという考え方が一般的だと思う。この本も基本的にはそれと同じことを言っている。

背伸びをすると特に脊柱起立筋を中心に全身の遅筋が鍛えられ、基礎代謝量アップによる脂肪燃焼作用が起きます。それからスロートレーニング効果による成長ホルモンの分泌とそれに伴う脂肪燃焼効果とアンチエイジング効果が生じます。このメカニズムが、背伸びに隠されたダイエット効果の秘密だったのです。

これに加えて背伸びをしながらの呼吸法と食事の改善についても書いてある。こうしたことを実行することで、血流が良くなり、ダイエットの大敵である冷え(基礎代謝量を落とす)が解消される。肩こりも緩和されるなどの効果があるという。背伸びはストレッチにもつながるから、こうした効果があるのも納得だ。

ただし、紹介されているダイエット外来を訪れた人の実例はいずれもかなりの肥満の人たちのもの。体重110キロが100キロに減ったとか、そういうレベルの例ばかりである。だから本書はダイエットの第一歩として読むのが良いだろう。背伸びして少しでも体脂肪減少につながるなら、やってみて損はない。背伸びには金も時間もかからない。

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「ミレニアム2 火と戯れる女」

ボクサーのパオロ・ロベルトが金髪の巨人と戦う第25章から止まらない。怒濤の展開で読むのをやめることは不可能だ。

パオロはわけがわからず立ちつくした。たったいま、パンチが四発入った。ふつうの相手ならとっくにダウンしている。自分はコーナーに下がり、レフェリーがカウントを取り始めるところだ。それなのに、この男には一発も効いていないらしい。
”なんてこった。この野郎、ふつうじゃねえ”

「ミレニアム2 火と戯れる女」

「ミレニアム2 火と戯れる女」

全身を筋肉で覆われたこの金髪の巨人になぜパンチが効かないのかは合理的に説明される。作者のスティーグ・ラーソンがスウェーデンの実在のボクサーであるパオロ・ロベルトをこの小説に登場させたのはこの場面を描くのに都合が良かったからだろう。実在のボクサーなら余計な説明は要らない。

第4部のタイトル「ターミネーター・モード」はこの不死身の金髪の巨人を指すと同時に主人公リスベット・サランデルも指している。前作「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」の感想に「リスベットのキャラクターを創造したことで、この小説の成功は決まったようなものだっただろう」と書いたが、今回はそのリスベットが主人公なのだから、面白くないはずがない。

今回は人身売買・強制売春とリスベットの過去が主眼である。リスベットはなぜ社会不適格者の烙印を押され、後見人が付いているのか。それが明らかになる。天才的なハッカーであるリスベットは前作の最後で悪徳企業から30億クローネの預金を奪取した。序盤に描かれるのはそのリスベットがグラナダで優雅に暮らす姿。しかし、リスベットの卑劣な後見人でリスベットに手痛い仕打ちを受けた弁護士のビュルマンは密かにリスベットへの復讐を画策していた。一方、月刊誌「ミレニアム」の編集部はフリージャーナリストのダグとその妻ミアが持ち込んだ人身売買と強制売春の特集と本を発行する準備をしていた。そのダグとミア、ビュルマンが殺害される。現場に落ちていた拳銃にリスベットの指紋があったことから、リスベットは警察から追われることになる。「ミレニアム」発行責任者のミカエル・ブルムクヴィストはリスベットの無実を信じて事件の調査を始める。

事件はリスベットの過去と深い関係がある。これはリスベットの少女時代に起きた“最悪の出来事”に対する決着、リベンジの話でもある。

終盤、リスベットに待ち受けるショッキングな運命は映画に前例がある。これは現実的にはほぼ不可能な展開であり、映画だから許されることだと映画を見たときに思った。スティーグ・ラーソン、この映画を見ているのではないか。現実的には不可能であっても、読者はそれを望んでいる。それをラーソンは理解していた。エンタテインメント小説にもそんなあり得ない展開が許されるのだ。

反極右・反人種差別を掲げるジャーナリストだったという作者の硬派な考え方は小説の基調となっており、それをエンタテインメントでくるんだ作品に仕上げている。第1作だけでも十分な資格があったが、年末のベストテン入りはこの作品でさらに決定的になったと思う。急逝した作者の最後の作品となる第3作の刊行が待ち遠しい。

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「私とマリオ・ジャコメッリ <生>と<死>のあわいを見つめて」

「私とマリオ・ジャコメッリ」

「私とマリオ・ジャコメッリ」

マリオ・ジャコメッリはイタリアのアマチュア・カメラマンで、2000年に死去した。作品は世界的に高い評価を受けているそうだが、日本で本格的に紹介されたのは昨年3月から5月まで東京で開かれた写真展「知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展」による。この本は昨年5月に放送されたNHK日曜美術館の「この人が語る私の愛する写真家 辺見庸 私とマリオ・ジャコメッリ」を元にして大幅に加筆したもの。100ページ余りの薄い本だが、内容は堅い。

辺見庸は5年前に脳血管障害で生と死の間をさまよった。ジャコメッリも20代のころ、自動車レース中の事故で瀕死の重傷を負った。そうした体験はその後の作品に大きな影響を与えるという。辺見庸はジャコメッリの作品について、こう書く。

かれの映像は見る者の無意識と身体に、しばしば予想をこえるつよさで「作用」してくる。つまり、映像によって心にあるいは躰の奥に<刺青>が彫られるような不思議な感覚を覚えるのである。それは感動などというクリシエではおおいつくせはしない特別の感覚である。眠っていた記憶の繊毛たちがいっせいにさわさわと動きだし、見る者はいつしか、語ろうとして語りえない夢幻の世界への回廊を夢遊病者のようにあるいているのだ。

そしてジャコメッリの作品には異界=死が漂っていると指摘する。確かに、本書に収録されたモノクロームの写真には死の雰囲気が漂う。小さな村「スカンノ」やホスピスの人々は死と隣り合わせにいるように、あるいは死者の世界の人のように異様に写し取られている。よく白黒映画なのにカラーを感じると言う時があるけれども、ジャコメッリの作品には風景を写したものでさえ、カラーを感じない。白と黒があるのみだ。しかし、この白と黒は深い意味を感じさせる。それはとりもなおさず、死をイメージさせるからなのだろう。

英語のフォトグラフに写真という訳語を当てたのは不幸だった、と辺見庸は言う。これによって写真は真実を写し取るものという無意識の制限が生まれるからだ。合成写真もあるというジャコメッリの作品は写真による表現を追い求めたもので、ここにはやらせなどという低次元のものはない。写真で映画のようにフィクションを意図しても全然構わないのだ。

辺見庸の本を読んだのはあの傑作「もの食う人々」以来。「私とマリオ・ジャコメッリ」を買った後、書店の文庫本コーナーで立ち読みしたら、最後の従軍慰安婦の場面でやっぱり胸をかきむしられるような気分になった。以前読んだ本は倉庫の段ボール箱の中にあり、なかなか読めないので、思わず買ってしまいそうになった。

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「10人兄弟貧乏アイドル☆ 私、イケナイ少女だったんでしょうか?」

「10人兄弟貧乏アイドル」

「10人兄弟貧乏アイドル」

タレント上原美優の告白本。おやつに草を食べていたとか、7枚しかないパンツを兄弟で取り合い、ノーパンで学校に行っていたとか、壮絶な貧乏の話が面白そうだったので買った。読み始めてすぐに買ったのを後悔した。スカスカの行間、作文としか思えない文章。「アルジャーノンに花束を」のチャーリー・ゴードンをふと思い浮かべた。普通の本好きなら数ページで投げ出してもおかしくない本である。しかし、読み進むにつれて面白くなり、一気に読み終わった。これは本人が書いているのか、ゴーストライターがいたのか知らないが、よくまとまっている。編集者が良かったのだろう。

上原美優については一切知らなかった。本名藤崎睦美。種子島出身で、バラエティ番組で貧乏を売りにした活動をしているらしい。本書によると、家は雨が降ると傘を差さなくてはならないほど雨漏りがひどかった。幼稚園に行けず、昼間は家で一人ぼっちで過ごした。家電製品はゴミ捨て場から拾ってきたもの。小学校の給食で初めてケーキを食べた。学校の忘れ物ボックスから兄たちが文房具を持って帰ってくれた。クリスマスプレゼントは父ちゃんの手作りわら草履。などなどの貧乏話は平成ではなく、昭和30年代初めごろを思わせる。

中学校に入って睦美はグレ始める。母親は睦美を生んだとき43歳。周囲の若い母親から見れば、おばあちゃんに見えた。家の貧乏に引け目を感じ、教師からは嫌われ、母親に反発するようになる。親に黙って鹿児島市内の高校を受験するが、学校になじめず中退。キャバクラに勤め、暴走族に入り、レイプされ、失恋して自殺未遂を起こす。今は裕福な家庭の子が非行に走るそうだが、睦美の場合、貧乏な家庭の子はグレるという古い図式をそのまま行くような話だ。

芸能界に入ろうと思ったのは子供の頃、家族そろってテレビを見ている時が一番幸せだったからだ。テレビに出て家族を楽しませようという子供のころの夢を姉からあきらめないよう諭された。最後は働きづめに働いてきた両親を理解し、兄姉の思いやりを知るという家族愛にまとめるあたりが常識的だが納得できる終わり方である。

この本と連動した「ザ!世界仰天ニュース」は見ていないが、今日の世界仰天ニュースの上原美優さんのエピソード・・・ – Yahoo!知恵袋には「ドン引きした」「芸能界から消えて欲しい」など非難の声が集まっている。それはきっと、番組のディレクターに才能がなかったのだろう。この題材なら、笑わせて泣かせる話にできるはずなのだ。改めて言うまでもなく、料理の出来は料理人次第だ。

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