月別アーカイブ: 2010年2月

「心に響く5つの小さな物語」

「心に響く5つの小さな物語」

「心に響く5つの小さな物語」

知人がTwitterで褒めていたので興味を持ち、amazonのレビューで全員が5つ星を付けていたので読んでみた。あとがきを含めて77ページ。文字が大きく、行間も広い。3行しかないページもあって、10分足らずで読み終わる本である。残念なことに僕の心にはあまり響かなかった。響くか響かないかは人それぞれだから、このタイトルに怒りはしないのだけれど、長い長い物語をいつまでも読んでいたい本好きな人にはお勧めしない。物足りないことこの上ないのである。読書の楽しみとは別のところで成立している本なのだと思う。

人間学を学ぶ月刊誌「致知」に連載されている「小さな人生論」の中から反響の大きかった5編を収録してある。第一話「夢を実現する」はイチローが小学6年の時に書いた作文を引用し、それを解説したもの。プロ野球選手になるために365日中360日を練習にあてているというイチローの作文自体は確かに大したものだが、解説は屋上屋を重ねるようなもので余計だと思う。

このほか、結核にかかった母親が鬼のような存在に変貌する「喜怒哀楽の人間学」、重度脳性マヒの少年が「ごめんなさいね おかあさん」と綴る詩を紹介した「人生のテーマ」などが収録されている。それぞれに良い話だが、物足りない気分はどうしても消えない。それぞれの題材からもっと長く感動的な話に仕立て上げることも可能なのではないかと思う。この本の作りは例えば、昨年、深い感銘を受けた藤原新也「コスモスの影にはいつも誰かが隠れている」に比べると、題材の深化のさせ方が足りないのだ。

こういう本の存在を否定はしない。忙しい人にも読める分量、小学生にも読める人生論の本は必要だろう。かといって、やっぱり、本好きな人にはお勧めしない。5編ではなく、50編ぐらいあれば、話は違ったのかもしれない。挿絵は片岡鶴太郎が描いている。著者の藤尾秀昭は致知出版社社長。

Wikipediaによれば、「致知」は「一般書店での販売はしておらず、読者に直接届ける定期購読誌」で、主な読者は「稲盛和夫(京セラ名誉会長)、牛尾治朗(ウシオ電機会長)、北尾吉孝(SBIホールディングスCEO)、鍵山秀三郎(イエローハット相談役)など」だそうだ。

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「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

「ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士」

買ったのは昨年7月。これがミレニアムシリーズの最後の1冊かと思うと、もったいなくて読む気にならず、昨年12月から読み始めたが、他の本も並行して読んでいたために途中で中断。映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」を見たことでようやく再開、読み終えた。

第2作「火と戯れる女」のラストから始まる直接的な続編である。第1作の「ドラゴン・タトゥーの女」から少しずつ描かれてきたリスベット・サランデルの過去が第2作ですべて明らかになり、今回は少女時代のリスベットに不当で残虐な仕打ちをした公安警察の一部に対する決着が図られる。下巻の終盤、裁判の場面がこの小説の白眉。主人公ミカエル・ブルクヴィストの妹で弁護士のアニカ・ジャンニーニの弁護の手腕が鮮やかだ。そしてここで強調されるのは第1作の原題でもあった「女を憎む男たち」というテーマ。解説の池上冬樹も引用しているけれども、ミカエルはアニカにこう言う。

「だから言ったろ、この裁判にはおまえがうってつけだって。この事件の核心は結局のところ、スパイとか国の秘密組織じゃなくて、よくある女性への暴力とそれを可能にする男どもなんだ」

人権派のジャーナリストだった作者のスティーグ・ラーソンらしい言葉だ。ミレニアムシリーズはミステリのいろんな要素を集めたエンタテインメントであるけれども、こうした芯の硬さが作品の魅力になっていると思う。

リスベットは前作の最後で瀕死の重傷を負い、本書の上巻は病院に入院しているのであまり動きがない。リスベットファンとしては残念なのだが、終盤に活躍の場面が用意されている。第2作で行方をくらました金髪の巨人との決着が待っているのだ。

リスベットの妹の動向が分からないという部分は残っているのだけれど、ミレニアムシリーズはこの第3部まででリスベットの話としては完結している。作者が急逝したために予定されていた第4部、第5部は幻となってしまったが、ミステリ史に残る傑作であることは間違いないと思う。

ちなみに映画「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」の字幕監修はこの原作の共同翻訳者であるヘレンハルメ美穂が当たっている。この映画のパンフレットにはラーソンの唯一のインタビューが掲載されている。その中でラーソンは「推理小説を読んでいて、苛立つことがあります。それは、主要人物が通常ひとりからふたりに限られていて、しかもその人物の属する社会の外の環境描写に欠けていることです」と語っている。ミレニアムシリーズにさまざまな多くの人物が登場するのはその苛立ちを払拭するためだったのかもしれない。

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