アメリカでの出版は1978年。1979年に文藝春秋から出てベストセラーとなり、週刊文春ミステリーベストテンで4位に入った。昨年8月、創元推理文庫で復刊された。タイタニック号を扱った小説の中では最も面白いと言われるが、僕にはクライブ・カッスラー「タイタニックを引き揚げろ」の方が面白かった。
物語は1942年のハワイで始まる。警察官のノーマン・ホールは「夫が毒殺された」というマーサ・クラインと出会う。夫のアルバート・クラインは車の運転中、急に苦しみだし、車を暴走させたという。いったんホテルに帰ったマーサを迎えに行ったノーマンはそこでマーサのバラバラ死体を発見、あまりの無残さにそのまま逃げてしまう。20年後、ノーマンは警察官を辞め、ベストセラー作家になっていた。そこへ雑誌社からタイタニック関連の記事の依頼が来る。億万長者のウィリアム・ライカーがタイタニックの遺留品の引き揚げをしようとしていたのだ。タイタニック号に乗っていたライカーの妻は謎の死を遂げ、娘のエヴァは生き残ったが、精神的な打撃を受けていた。ノーマンに白羽の矢が立ったのは死んだクライン夫妻もタイタニック号の生存者だったからだ。調査を引き受けたノーマンはタイタニックの関係者に当たり始めるが、重要な関係者が死に、ノーマン自身も命を狙われる。
さまざまな要素が入っているが、基本的には本格ミステリ。545ページのうち第1部「事件」が320ページほどで、第2部「解明」が200ページ以上ある。解決編がこれほど長いミステリも珍しい。しかも、関係者を集めて主人公が事件の真相を説明するというクラシックなミステリを踏襲している。ここで利用されるのがタイタニックで被害に遭ったエヴァ・ライカーの記憶というわけである。エヴァは当時の記憶を失っていたが、催眠術で当時のことを語った。それを録音したテープを元に、回想シーン(再現シーン)を入れて展開するこの第2部はまあ面白い。
問題は作者の文体にある。省略しても差し支えない描写や通俗的で下手な形容が所々で目に付き、読み進む上で引っかかったところが多かった。これ、すっきりした文体で書けば、3分の2程度の量で収まるのではないか。主人公のノーマンをはじめ、キャラクターも通俗的で魅力に欠ける。だから引用したい文学的な部分もない。大衆的なベストセラーの典型のような小説と言える。
作者のドナルド・A・スタンウッドは28歳までに8年間かけてこの小説を書き、成功を収めた。川出正樹の解説によると、それからさらに9年かけて書き上げた2作目の「七台目のブガッティ」は「処女作の輝きが嘘のような駄作」だったそうだ。この文体、書き方なら、そうだろうなと思う。
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