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「ウォッチメン」

「ウォッチメン」表紙

「ウォッチメン」表紙

ヒューゴー賞を受賞したアラン・ムーア、デイブ・ギボンズのコミック。ようやく読む。本編だけで12章、412ページ。セリフが多く、各章にホリス・メイソンの自伝「仮面の下で」など物語の背景を記した文章だけのページもあるので、読むのに時間がかかった。映画の感想はSorry, Wrong Accessに書いたが、映画は原作にほぼ忠実である。違うのはクライマックスの災厄の設定ぐらいか。

映画を見た時にスーパーヒーローもののメタフィクション的な印象を受けたのだけれど、それは原作でも同じだった。アラン・ムーアの後書きによると、当初は既存のスーパーヒーロー(キャプテン・アトム、ブルービートらチャールトンコミックスのキャラクター)を使って物語を構成したかったが、かなわなかったという。それでアメリカン・コミックのヒーローをモデルにロールシャッハやナイトオウルなど独自のキャラクターを作ることになった。

忠実なだけに、これは映画→原作よりも原作→映画の順で観賞した方が楽しめる作品と言える。映画では説明されなかったロールシャッハの模様が動く仮面はDr.マンハッタンが発明した生地で、「2枚のゴムに挟まれた液が圧力や熱に反応して流動する」のだそうだ。このように映画で分かりにくかった背景などはよく分かるが、基本的に同じ話なので、真相が明らかにされる場面で映画に感じたような驚きはない。

それにデイブ・ギボンズの絵は動きが少なく感じる。日本でコミック化すれば、キャラクターの造型やアクション場面などさらに面白くなる題材だと思う。平井和正原作、池上遼一作画の「スパイダーマン」のようなリメイクをすると、面白いと思う。

この原作、amazonではまたもや「出品者からお求めいただけます」になっている。速攻で買っておいて良かった。前回はいったいどれぐらい入庫したのだろう。amazonに表示されている画像はケースの写真なので、ここには本の表紙をスキャンした。この絵は第11章の扉絵と同じで、オジマンディアスの南極の基地にある温室の中の一部を描いている。

僕の貧弱な感想では参考にならないので、大森望さんが10年前に書いた書評をリンクしておく。十年に一度の大傑作、『ウォッチメン』が凄すぎる!

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

原題はThe Curious Case of Benjamin Button(ベンジャミン・バトンの奇妙な症例)。「グレート・ギャツビー」のスコット・フィッツジェラルド原作なのに、驚いたことに初めて訳されたのだそうだ。本文は80ページ足らずの短編で、それをハードカバーで出版するというのも珍しいが、もちろん、映画公開に合わせてのことだ。ちょうど、これ、小学生が読むぐらいのハードカバーの分量ではないかと思う。

映画の予告編を見て、いったん年を取った男が徐々に若返る話かと思ったが、原作は違う。主人公のベンジャミン・バトンはいきなり70歳の男として母親から生まれる。いったい身長170センチの男がどうやって生まれるんだと思ってしまうが、そういう部分の説明はない。父親のロジャー・バトンが病院に行った途端、医者と看護師からヒステリックな暴言を浴びせられる、という出だしからクスクス笑える。ロジャーが病室で見たのは「大きな白い毛布に包まれて、ベビーベッドに体の一部を押し込まれた、どうみても七十歳ぐらいの老人」だった。

「一体全体どこから来たんだ? お前は誰なんだ?」バトン氏は狂ったように言い放った。
「自分が誰かなんて言えませんよ」老人はぶつくさとこぼした。「だって、まだ生まれて数時間しか経たないんですからね--でも確かに苗字はバトンですが」
「嘘だ! お前はサギ師だ!」

家に連れ帰られたベンジャミンは年を経るごとに若返っていくことになる。50歳ぐらいまで若返った20歳の時にベンジャミンは恋をして結婚する。しかし、若返るベンジャミンと妻との仲は次第に悪くなっていく。それでもベンジャミンは若返り続け、ついには息子よりも孫よりも若くなる。スラップスティックかと思えるような設定で始まった話は次第に透明な悲しみに包まれていく。この感覚はそう、ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」に似ているか。子供に若返っていくベンジャミンは知識も同時に失っていくのだ。

翻訳者の都甲幸治のあとがきによれば、フィッツジェラルドは「人生の一番いい時は最初にやってきて、一番悪い時は最後に来るってのはつらいよなあ、というマーク・トウェインの発言にヒントを得て」、じゃあ逆にしたらどうかと思い立ったのだという。あとがきにはSFと書いてあるけれど、奇想小説と呼んだ方がふさわしいのではないかと思う。たった80ページ足らずの本文で1300円は少し高いと思えるかもしれないが、イラストの入ったしっかりした本であり、内容と合わせて考えれば少しも高くない。だが、角川文庫からはこの小説を含めて「フィツジェラルドの未訳の作品を厳選した傑作集」が文庫本(500円)で出ている。

「告白」

「告白」

「告白」

「告白」は週刊文春ミステリーベストテン1位、「このミス」では4位だった。6章から成っていて、1章あたり50ページ足らず。これなら体力なくても読みやすい。第1章の「聖職者」は小説推理新人賞受賞作。ある中学校の女性教師が終業式の日、1年生のクラスの生徒の前で教師を辞めると語り始める。その理由は彼女の4歳の娘が学校のプールで水死体で発見されたことだった。娘はプールのそばにある家の犬にえさをやろうとして、プールに落ちたらしい。警察は事故死と断定する。しかし、女性教師は「娘は殺された。犯人は2人。このクラスの中にいる」と指摘する。

この1章だけ取り上げれば、女性の心理とか執着、恨みとかが凝縮されて、いかにも女性作家らしい作品だなと思う。よくまとまっていて、新人賞としておかしくない。嫌な気分にさせるミステリを嫌ミスと言うそうだが、そこまではないかもしれない。決着に疑問はあるけれども、これはこれで良いと思う。

第2章の「殉教者」、個人的にはこれが一番面白かった。クラスは2年に進級し、大学を出たばかりの脳天気な男性教師が担任になる。犯人2人のうち、1人は不登校になったが、もう1人の主犯格の少年は以前と変わらず登校してくる。クラスの生徒は彼を無視し、やがて堰を切ったようにいじめが始まる。男性教師は不登校の生徒を登校させようと、委員長を伴って家に行くようになるが、それが悲劇を引き起こす。この章は委員長の女子生徒の視点で語られる。いじめに加われず、少年をかばった委員長もまたいじめの対象になる。やがて委員長は少年の意外な素顔を見て好意を持ち始める。ここは重松清「きみの友だち」を彷彿させるが、あの小説のいじめよりもっと陰湿だ。

3、4、5章はそれぞれ事件の関係者の別の視点で語られていく。そして6章で再び女性教師が登場し、残酷な結末を迎えることになる。一気に読める小説だが、僕は所々に歪さを感じた。第1章の「聖職者」を書いた時点でこういう連作にする意図があったかどうかは分からないが、必ずしも成功していないように思う。木に竹を接いだ感じを受けるのだ。ミステリ風味も3章以降は薄い。個人的に嫌ミスもあまり好きではない。

3章までは小説推理に掲載され、あとの3章は書き下ろし。全編書き下ろしならまた違った感じになったかもしれない。それにしても新人とは思えない作品なので、2作目以降には期待できるのではないか。ちなみに本の帯にある読者の感想は当たり前だけれども、いずれも褒めすぎ。ミステリをあまり読んでいない人たちが書いたとしか思えない。

「チャイルド44」

最近、こんなに夢中になって読んだ本も珍しい。旧ソ連、スターリン政権下で起きる連続殺人を描いているが、本筋はサイコミステリではない。国家保安省(KGBの前身)のエリートだった主人公が卑劣な部下の罠にはめられ、地方の民警に飛ばされて殺人事件に遭遇するという設定の中で、主人公が人間性と妻の愛を取り戻す様子を描くのが本筋なのだ。優れたスパイ・冒険・スリラー小説に贈られるCWA(英国推理作家協会)スティール・ダガー賞を受賞していることから分かるように、これはほとんど冒険小説。再生していく主人公レオとその妻ライーサの毅然とした姿に強く心を揺さぶられる。

一度疑われたら終わりという監獄のような社会の怖さ。上巻のほとんどを費やして描かれるのはその社会の異常さだ。飢えた兄弟が猫を捕まえようとする出だしから引き込まれ、ページを繰る手が止まらない。上巻は100点満点。死と隣り合わせの中で事件を捜査するレオを描く下巻はミステリ部分がうまく進みすぎるきらいがあるが、それは処女作であるがゆえの瑕疵と言うべきか。「ウォッチメイカー」に感じた、人間が描かれていないという不満はここにはまったくない。

レオの年老いた両親は恵まれた暮らしをしていたが、レオの降格で狭くて汚い共同住宅に移され、重労働を課せられる。レオとライーサは密かに両親のもとを訪ね、その悲惨な境遇に涙する。「おれがもっといいところに住めるようにしなくちゃいけなかったのに」と言うレオに対して母親のアンナはこう答える。

「それはちがうわ、レオ。聞いてちょうだい。わたしたちがおまえを愛してるのはおまえがわたしたちにいろいろとしてくれるからだって、おまえはいつもそんなふうに思い込んでる。子供の頃でさえそうだった。それはちがうわ。おまえはもっと自分の人生に目を向けるべきよ。わたしたちはもう歳なんだから、どこに住もうと大したことじゃない。今だってわたしたちが生きていられるのは、おまえから何か知らせがないかって、それを待つことができたからよ。… (中略)レオ、おまえを心から愛してる。おまえはずっと母さんの誇りだった。おまえが仕えた政府がもっといい政府だったらよかったのに。そういうことよ」

登場人物の隅々にまで目を配った傑作。冒険小説と銘打ってはいないが、冒険小説ファンは読まなくてはいけない本だと思う。著者のトム・ロブ・スミスは1979年生まれ。既に次作「Secret Speech」が完成しており、来年出版される。楽しみに待ちたい。ちなみに本書はリドリー・スコット監督によって映画化が決まっているそうだ。こちらも楽しみ。

【amazon】チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

「ウォッチメイカー」

「ウォッチメイカー」

「ウォッチメイカー」

ディーヴァーの小説は「ボーン・コレクター」は持っているが、読んでいない(デンゼル・ワシントン、アンジェリーナ・ジョリー主演で映画化されたが、これまたテレビでちらりと見ただけ)。2005年に出た短編集「クリスマス・ストーリー」は途中まで読んだ。短編で感じたのはそのどんでん返しの鮮やかさ。ナイフの切れ味のような鮮やかさだなと思った。といっても、これも11編読んで中断している。あと5編残っているので、これから読もう。

で、「ウォッチメイカー」。もうこれは終盤の展開に唖然とする。どんでん返しは1回だけだからどんでん返しなのだが、ストーリーがこれほど3回も4回もひっくり返る話も珍しい。ディーヴァーは「これぐらいツイストしなきゃミステリじゃない」と思っているのだろう。

時計に執着を持つウォッチメイカーと名乗る殺人鬼を四肢麻痺のリンカーン・ライムが追い詰める。という風に序盤は始まる。サイコな話かと思ってしまうが、そんな単純な話ではない。ライムの相棒であるアメリア・サックスは単独でニューヨーク市警の腐敗を捜査する。別々の事件に見えて、これが絡んでくるのは想像つくのだが、そこから先は感心するほかない。サービス精神の旺盛な作家なのだ。ここまでひねるのは。

だが、読み終えて何が残るかというと、ああ面白かったという感想しか残らない。エンタテインメントはそれで良いのだが、なんというか、野暮を承知で言えば、人間のドラマをもう少し描いてほしいと思えてくるのだ。キャラクターが立っているというのとは別に人間のドラマの深みが欲しくなる。そういうのは別の小説を読めば済むことなんだけど。ミステリの中にもそういう小説はある。

といっても十分面白かったので、家にある「ボーン・コレクター」も読んでみようと思う。