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「霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造」

篠田節子「仮想儀礼」が面白かったのでこの本を読んだ。著者の櫻井義秀は北海道大学教授。第1章で神世界、第2章で統一教会を強く批判した後、神社や寺、教会など厳しい経営の実態を3章で紹介し、4章がヒーリングやスピリチュアルなものがなぜ流行るのかの解説、5章は安易なスピリチュアルブームへの警鐘という内容。分かりやすい書き方で、一般向けに書かれた良書だと思う。

神世界について僕は何も知らなかったが、ヒーリング・サロンを経営する有限会社で教典にはこう書かれているそうだ。

もし万が一、神様への代金支払いがあまりにも少なすぎたり、神様との取引材料があまりにも小さすぎたりする場合は、神様との取引は自動的に解消されるから、その後人間の方の結果がどうなろうと当方は一切関知しない。

「霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造」

「霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造」

思わず笑ってしまう文言である。大金を支払わなければ、効果はないわけである。神様はそんなにせこいのか。こんなに経営者に都合の良い教典は一般の人ならバカバカしく思うだろう。しかし、ヒーリングに効果があったと思う人は金を払ってしまう。ヒーリングやカウンセリングに始まって、次第に高額な宗教グッズを買わせていくのがさらに問題で、著者は「無料広告や景品で釣って最後は高級羽毛布団を買わせる催眠商法のようなもの」と批判している。神世界の商法については、先月、東京や神奈川の主婦ら17人が被害を受けたとして、1億6800万円の賠償を求めて集団提訴した。

怪しげなヒーリング・サロンには近づかない方が無難なのだが、なぜ人はヒーリングを求めてしまうのか。気軽な相談場所がないという問題もあるが、それ以上に著者は格差社会を要因として指摘している。「希望を持ちにくい社会では、合理的な思考で積み上げていくような人生設計よりも、自分の力の及ばない部分で人生や社会が決まっていくという感覚や運任せの人生観を持ちやすい」。だからスピリチュアルに走るわけだ。確かに、どう努力しても上に上がれないのなら、霊的な力が人生を左右すると考えた方が慰めにはなるのかもしれない。テレビの影響も大きい。細木数子や江原啓之が出てくるようなスピリチュアルな番組を見ている人、ほかにすることがなくてそういう番組を見ざるを得ない人はスピリチュアルな考え方に毒されていると思った方がいい。「癒し」などというキーワードで喧伝される事柄も疑ってかかった方がいいのだろう。

第5章のリスク認知に関する説明も面白かった。著者の分かりやすい説明を要約すると、最初に1000円の献金をする時、人は強い心理的抵抗感を持つ。次に2000円の献金をする時にも2倍の献金をするわけだから抵抗がある。しかし、次に3000円を出す時には2000円の1.5倍なので抵抗感は薄れる。「この調子で献金を出し続けていくと、何回目かには1000円増しというのは心理的には実にたいした金額ではなくなってしまうのだ。心理的負担は実額ではなく、その都度参照される金額からの相対的な比較によって決まる」。これが統一教会などに何億円もの献金をしたり、高すぎる印鑑を買ってしまう心理なのだそうだ。スピリチュアル・ビジネスは人のリスク認知を歪ませる勧誘の仕方をしてくる。

こうしたスピリチュアル・ビジネスの実態を読むと、「仮想儀礼」の主人公は善良すぎたなと思う。宗教で儲けるためには心理的な操作をしながら、人をとことん騙していく必要があるのだ。金を払えば幸せになるというようなことがあるわけがない。そういう状況に陥ったら、難しいとは思うが、我に返ることが必要なのだろう。

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「貧困肥満 下流ほど太る新階級社会」

「貧困肥満 下流ほど太る新階級社会」

「貧困肥満 下流ほど太る新階級社会」

買ってみて分かったのだが、これは昨年3月に出た「下流は太る!」という単行本の改訂版だそうだ。著者の三浦展(あつし)によると、「不要な箇所を削除したほか、第1章を大幅に加筆」したとか。この新書の奥付は3月1日だから、わずか1年でほぼ同じ内容の本を出したわけだ。オビに「扶桑社新書2周年記念フェア」とあるので、出版社の意向だったのかもしれないが、いくらなんでも早すぎるのではないか。

かつては金持ちに肥満が多く、貧乏人はやせているのが普通だった。今はなぜ貧困層に肥満が多いのか。それは食事に金も時間もかけられず、ファーストフードやコンビニの食品ばかり食べているから。この指摘はなるほどと思える。富裕層は体型を維持するためにジムに通うこともできるが、貧困層にはそれができないし、時間もやる意欲もない。では、どうすればいいのか。当たり前のことながら、ちゃんとした食事をするしかないのだ。旬の食材を使って、自分で料理して食べる。現実的にはそれが難しいから肥満が増えているんでしょうけどね。

著者はファーストフードが蔓延する現状を「ファースト風土」とダジャレ交じりに言っている。コンビニで売っているおにぎりは古米を利用したものが多く、味をごまかすために添加物を入れているという指摘はありそうだなと思える。以前読んだ美味しい食事の罠―砂糖漬け、油脂まみれにされた日本人 (宝島社新書)によれば、ファーストフードには一般的に脂肪分が多く、だから食べ過ぎると太る要因になる。まずい古米も油まみれのチャーハンにしてしまえば、おいしく食べられる。それに人間の脳には脂肪が必要で、糖や脂肪を摂取すると、βエンドルフィンという快楽物質(脳内麻薬)が出る。だから人間は脂肪を取りたがる。これをやめるにはどうすればいいのか。他の快楽を与えてやればいい、という指摘は「NHKためしてガッテン流死なないぞダイエット」にあった(この本についてはSorry,Wrong Accessに書いた)。

新書の分量は一般的に原稿用紙200枚ぐらいだそうで、読んでいて内容が薄いと思えることが多い。手軽に読めるけれども、印象も薄いことになる。もちろん、新書のすべてがそうではない。僕自身、過去には田中克彦「ことばと国家」のように影響を受けた新書もある。最近の新書の作りが問題なのだ。

本書も最近の新書の例に漏れず、内容的には薄い。3章から構成されていて、第1章がなぜ貧困層に肥満が多いのかの総論。第2章は実際に太っている人たちのルポ(と呼べるほどのものでなく、実例の紹介)、第3章は座談会である。個人的にはこの第3章を雑誌で読むだけでも良かったかなと思えた。

「凡人として生きるということ」

「凡人として生きるということ」

「凡人として生きるということ」

週刊金曜日で紹介されていた「貧困肥満 下流ほど太る新階級社会」を買いに書店に行ったが、なかった。新書コーナーで代わりに見つけたのがこの本。押井守監督が昨年7月、「スカイ・クロラ The Sky Crawlers」公開前に出した本で、180ページ足らずなので、すぐに読み終わる。

これも「スカイ・クロラ」同様に若者へのメッセージだ。「若さに価値などない」「すべて巧妙につくられたデマ」という主張から始まって、「金や名声よりも必要なのは美学と情熱」「勝負は諦めた時に負けが決まる」「社会に出ることは必要」「友だちなんかいらない」など著者の主張が体験を交えて語られていく。押井守は高校時代に引きこもりに近い生活を送っていたそうだ。それは他人と話すよりも1人で過ごすことの方が好きだったからだという。

押井守のアニメには友情や正義を真正面から取り上げたものはないし、そうした真正直なキャラクターもいない。それはこうした考え方が根底にあるためなのだろう。宮崎駿のネガのような在り方と言えようか。それでも僕は両者のアニメのどちらも好きだ。昨年公開の映画で言えば、「崖の上のポニョ」よりも「スカイ・クロラ」を高く評価する。だが、次のような一節を読むと、両者の考え方は近いのではないかと思う。

天才の身でない我々は、情熱を持ち続けることしか、この世を渡っていく術がないのだ。情熱さえあれば、貧乏も苦難も乗り越えられるだろう。『名もなく貧しく美しく』の話を先に書いたが、金や名声を追っていけば、それが失われたときには人は堕落する。だが、自分の美学と情熱があれば、富と名声に煩わされることなく生きていける。

この後の章で押井守は「いい加減に生きよう」と主張しているけれど、いい加減な生き方では美学と情熱を持ち続けることも難しいのではないか。ここで言ういい加減とは世間的ないい加減であって、自分に対しては誠実に生きることが必要なのだろう。

すべての人に必読の本ではないけれど、押井守ファンは読んでおいて損はないと思う。

「本と映画と『70年』を語ろう」

連合赤軍関係の本が読みたくなって書店を探したが、なかった。代わりに目に付いたのがこの新書。「70年」に反応したのである。映画・文芸評論家の川本三郎と新右翼の一水会顧問・鈴木邦男の対談集で、奥付は5月30日第1刷発行とあるが、13日に出た本らしい。

鈴木邦男は以前から川本三郎と会いたかったという。2人ともかつて新聞社に勤め、逮捕されたことで解雇されたという共通の過去があるからだ。川本三郎は朝日ジャーナルの記者時代の1971年、赤衛軍事件の犯人と接触、シンパシーを感じて証拠隠滅に手を貸した。それで逮捕されたそうだ。これは全然知らなかった。この事件について書いた「マイ・バック・ページ」は映画化されるという。

鈴木邦男は産経新聞時代に政治的事件を起こし、やはり逮捕されて解雇された。これはありそうだなと思えるのは右翼のイメージがあるからだ。しかし、鈴木邦男は一般的な右翼とはほど遠いのがこの本を読むとよく分かる。テレビに出始めたころから「変わった右翼だな」と思っていたが、今は右翼から「あいつは左翼だ」と言われるらしい。「実録・連合赤軍」について鈴木邦男はこう語っている。

「若松孝二監督の『実録・連合赤軍』という映画が公開されています。非常にいい映画なんです」「『光の雨』も良かったけど、若松さんの映画は学生運動の歴史を忠実にずっと追っかけているんです。三時間以上ありますが、すごい映画です」

面白かったのは右翼の美学に関する説明。右翼はテロを肯定するが、やったことに対しては責任を取る。行ったことに対して決して逃げないのが右翼の美学なのだそうだ。だから朝日新聞阪神支局襲撃事件は右翼から評価がないという。川本三郎よりも鈴木邦男の考え方が面白い本で、他の本も読んでみようかという気になる。映画「靖国 YASUKUNI」の推薦文を書いたり、街宣車で押しかけるより対話の必要性を説いたりと、もはや右も左も超えた人なのである。

この本は2007年10月から2008年3月までに行った語りおろしの対談をまとめたもの。本来なら雑誌連載がぴったりだと思うが、掲載できる雑誌が朝日新聞社にはなかったのだろうか。

「捨てる!」ほど快適になるパソコンのカラクリ

知っていることばかりだろうなあと思いつつ買う。こういう新書はさらっと読めるので最近よく買うが、内容の方もさらっとしていることが多い。ぱらっと読んでいたら、パソコン高速化ソフトとしてWin高速化PC+が紹介してあった。名前だけは知っていたが、使ったことはない。検索したらベクターにあった。ただし、検索すると出てくるが、既に開発が終わっている。ちょっとしたゴタゴタがあったらしい。そのあたりはスラッシュドット・ジャパン | AttosoftのWin高速化 PC+が乗っ取られて開発休止に書いてあった。

ゴタゴタとソフトの機能は別に関係ないけれど、2年以上前のソフトを紹介するのはいかがなものか。本書はXP向けに書かれた本だからXPで動くこのソフトを紹介しているのだろうが、この本の読者層は恐らく初心者なので、Vistaで使ってしまう人もいるかもしれない。重複してもいいからソフトの説明のところに動作環境はしつこく書いておいてほしいところだ。だいたい、今年4月に出た本なのにXPだけを対象にしているというのもおかしいのだけれど。

こういう高速化ソフト、パソコンの機能が貧弱なころは驚速というのを使っていた。XP用は今もあるようだ(SOURCENEXT eSHOP:ソースネクスト 驚速 for Windows XP キャンペーン)が、これはプログラムの起動を速くするソフトなので、ちょっと意味合いが違う。レジストリの不要項目を削除したり、スタートアップからプログラムを外したりするようなレジストリを最適化するソフトはなかなかない。Win高速化PC+が未だにベクターの環境変更・表示ツールで人気のトップなのはそのためか。初心者でも手軽にレジストリを調整できるソフトだが、初心者が手を出すと危ないソフトでもある。